2012年07月31日

スーツ愛憎

あんなにイヤがっていたスーツなのに、
下手をすると、週に三日ぐらい着ていたりする。
スーツを着るととたんに戦闘力(どんな戦いをしているのだ)が下がる
ぼくにとってはゆゆしき事態である。

着ていて、気づいたことがふたつあった。
ひとつは、スーツを着ると、戦闘力が下がるくせに、
なぜか、ほんのわずかながら立派になったような気がすること。
スーツをはじめて着た17歳じゃあるまいし、いい歳をしてアホかと思うのだが、
いかんせん、精神年齢は永遠の17歳なのである。

もうひとつは、スーツを着ないで綿パンをはいたりしている自分が、
なにやらみすぼらしく見えるようになってきたこと。これはきっと、
気づかないうちに、スーツを着ていない自分以外のひとへの評価にもなっている。
ひとつめのこともくだらない偏見なのだが、
これにいたっては救いようもなくくだらない。

おそらくぼくは、自分がこういうタイプだとうすうす知っていて、
スーツを着るのをかたくなに避けていたのだと思う。
posted by pilz at 21:33| 京都 ☁| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月30日

わくたま号に乗った!

wakutama.jpg 和倉温泉の「わくたまくん」がいたるところにくっついております。
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2012年07月29日

焼きたてのパン

kaeru.jpgいつもお世話になっているM尾さんが、隣人先生、owl先生のところへ行かれましたよ、と教えてくれたので、いそいそとowl先生の個研に出かける。

隣人先生が座っていて、やはり、焼けたてのパン(?)を食べている。owl先生はパンを焼いて教員や学生たちとお茶会をしていたのを知っていた。楽しそうな学生たちの姿をうらやましく思っていたので、ぼくも “おすそわけ” をねらって行ったのだ。

なんかふわふわで美味しい。
パンの香りがひろがっていて、それも美味しい。

本が整然と並べられている。それが圧迫感にならないのは、
ところどころにちりばめられたフクロウグッズのおかげなのだろう。
そして、このパンの香り‥‥学生は話しやすいだろうな、と
外かりかり中ふわふわのパンをいただきながら思う。

P先生はバナナが入ったものと、メープル風味のものが好きだそうだ。
さすがP先生、わかってらっしゃる。
posted by pilz at 08:45| 京都 ☁| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月28日

叩けよ、さらば開かれん

ワンマン電車が動き出して、向こうから手に切符をもった高校生が走ってきた。
「仕方ないな、もう動き出したのだから‥‥」と思っていれば、
数メートル前に進んだ電車は止まり、なにごともなくドアを開けた。
「ありがとう」。高校生は運転手に背中から話しかけている。

バスではまれにあるにしても、電車でこういうことがあるとは考えてもいなかった。
どこかにこのような路線があって、このような運転手がいないとも限らない。
自分はあきらめるのが早すぎるのかもしれないな、と思った。
posted by pilz at 16:37| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

ローカル線の風景

いわゆるローカル線をつかっている高校生たちを見ていた。
1時間半に一本という超まばらな時刻表をにらんで、
「これは一種の不条理ではないのか」と、うらめしや状態の当方をよそに、
数十年は経っていそうな椅子を据えた待合席でじっくり本を読む者、話す者、
駅舎には入らないで外でなにかの体操をしている者‥‥
彼らは、そうそうは思い通りにならないものを、あるていどの達観をまじえながら、
じっと待っているようみえた。

長く育った地域の風土や風景が、
知らぬうちにひとの考え方に影響を及ぼすという考えは昔からある。
もしそれがほんとうなら、地域の風景に溶け込んだ路線の性質が、
それをつかっているひとたちのエートス(これは辞書で調べてください)
に影響することがあるのかもしれない。

――――
ついにイニシャルトークの了承を職場(のK課)から取りつける。
この事の重大性に、まだK課は気づいていない。
(* ̄m ̄)
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2012年07月26日

世界最軽量

今日は福井に出張ですのじゃ。猛暑日の予報。こういうときにと買っておいた、ほんとかうそかわからない世界最軽量のスーツが役に立つのだ。体が心のありように影響していることはいまさら言う必要もないけど、皮膚の延長線上にある服もまた心のありように影響している。だから(あぁ〜携帯の電源が切れる、タスケテ)

「完」
posted by pilz at 07:54| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

ドライカメムシ

カメムシが壁にくっいたまま死んでしまっていた‥‥ドライカメムシになっていた‥‥
といったコメントをもらって、驚いてしまった。

カメムシが民家に入ってくるのは外気の変化から自分を守るためで、
気候がよくなったりすると、いそいそと外へ飛び出すものだと思っていたからだ。
つまり、カメムシはただただ “よりよく生きるため” に壁と向き合っている、
とばかり思っていたからだ。

それがどうだ。壁にくっついたままドライカメムシになってしまうとは。
そのまま死んでしまったのでは、なんのためにくっついていたのかわからないではないか。
命尽きんとするカメムシには、つぎのようなことを考える瞬間があるのだろうか。
「あれっ、おれって、よく生きるために一歩も動かずエネルギーを温存していたのに、
もうすぐ一歩も動かないまま死んでしまう。なんか、おかしいぞ。」
posted by pilz at 22:06| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

たった一歩の意味

「やっと授業が終わりましたねぇ」と、社会学科の先生と言葉をかわす。
いつも大きな声で挨拶をなさる方。「さすが社会学」とひそかに感心する。
授業が終われば、成績をつけないといけない。

この成績つけというのがやっかいなもので、
他人のことをあれこれ評価したり、采配したりするのがイヤなぼくには苦行となる。
もっとも、そういう自分の質(たち)を抜きにしても、純粋にむずかしい。

ぼくはたいがい授業評価の基準に「ディスカッションにおける質問能力」
というのを置いているが、これがとくにむずかしい。
たとえば(繰り返しますが、ここから架空の話ですよ)、
1年生からぼくの授業をとっていて、ずっと授業ではだんまりを決め込んでいた学生が、
4年生の後期になってようやく一度だけ発言したことがある。

これをどう評価するか、ぼくは大いに悩んだ。問題はふたつあった。
ひとつは、質問能力の指標を発言回数とすれば、
一度発言したこの学生は「一度しか発言しなかった」ということになる。
評価配分の20パーセントをほぼ完全に失うことになる。
しかし、その学生からすれば、その一回の発言は、一世一代の発言であり、
それまでその学生が20年ほどの時間のなかで築き上げてきた世界から
踏み出したアクションとしての一歩、新しい可能性の開示でもあったのだ。
それをぼくは知っていた。

おそらく同僚の教員たちもそうするであろうように、
ぼくはその学生を個人内評価との組み合わせで評価することにした。
その発言を、4年間のなかでのその学生のひとつの発展のかたちとしてみたのだ。
だがそうした評価は、もうひとつの問題として、
1セメスターでの評価の枠を超えている。
posted by pilz at 09:36| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

さて、これはどこに生えていたのでしょうか?

kinoko01.jpg
あるとき、ある部署に置いてあった観葉植物に生えていたものです。
これがどこに生えていたかわかるひとは、かなりの大学通でしょう。
(これのどこがセンター長ブログなのだ。)
posted by pilz at 22:36| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

ヒット&アウェイ

tabi02.jpgぶつかり合うようなここでの話に少し疲れると、ときどき遠く離れた場所のことを話す。「あぁいい、いい、どっか遠いところに行ったらいい。南の島に忘れものを探しに行ったらいい」。

不思議なことに、京都と学生と話しているだけなのに、ぼくのなにかわからないものはもう波照間島やら南大東島にある。どこまでもきめ細かな砂粒たちを持ち上げ、砂時計のように指の間からさらさらと落とす。夜になるとまた浜にでて、星空を見つめる。
いまだったら、天の川がきれいだろうな‥‥

できることなら学生のうちに何度か旅に行けたらいいのに、と思っている。
缶ジュースを一本買ったら、もう一本おまけでくれるおばさんのいる島があることを、
ぼくは知っている。
posted by pilz at 16:30| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

仏教と文化

引き続いて隣人の言。
昨日の講師の先生は、死者が「仏」と言われることの意味を説明して、
「他者をしてさとらしめる(他者に語りかけ、なにかを考えさせ、さとらせる)」から、
と説明されたらしい。(“また聞き” でずれているかもしれないので、
なにか異論があるなら、講師の責任ではなく、ぼくの責任です。)

こういう考え方ができるなら、仏教とかかわるいろいろな文化(ひとがつくりだし、
引き継いできたもの)について考えるのが、とても興味深いものになる。

8月4日からはじまるオープンキャンパスには、
仏教学科教員をガイドにして仏教美術なんかを見る遠足フィールドワークもある。
事前申し込みは必要ないので、お父さん、お母さんと連れだってどうぞ。
(ぼくはついて行ってはダメなの?)
posted by pilz at 08:06| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月20日

「びっくり仰天」

と、今日の講師の先生はだじゃれをひとつ、放ったらしい。
「それで目が覚めましたわ」とは、隣人の言。
講師は遊び心と学識をともにそなえた方で、ぼくの好きな先生。
きっと冗談をまじえつつも、大切なことを話されたにちがいない。
「さすが」と、朝からうれしくなる。

大学に型破りの先生が少なくなってきたと思う。
ぼくが大学で働きはじめたころにはそういう方がまだわずかにおられたが、
年々少なくなって、もうほとんどそういう方は絶滅してしまった。

学生のなかでも型破りなのは少なくなってきた。おそらく大学というのは、
こういう型破りの教員や学生を育てる余地がある方が機関としては健康で、
また、こういうわずか数パーセント(多すぎると困る)のひとが意外にも大学を支えたり、
外から見た大学の評価を方向づけたりするのではないか。

そんな気もする、金曜日の朝。

ちなみに‥‥
posted by pilz at 09:11| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月19日

流しそうめん

soumen01.jpg今年は行けないだろうけど、毎年、何度かゼミでフィールドワーク遠足に行くことにしている。海が多いけど、山に行くときは流しそうめんに行くことが多い。“行きつけの流しそうめん” があるのだ。大学教員たるもの、行きつけの流しそうめん店が一軒や二軒ないようでは、てんでお話にならないのである。

流しそうめんはテーマパーク的な麺類だから、キャッキャッ言いながら食べる学生を見るのがおもしろい。でも同時に、空気を読まないと、というか、流れを読まないといけないから、むずかしい、ときに切ない食べものでもあると思う。

配慮がすぎて、先頭に立ったひとがまったく食べられないこともあったし、
責任をとって、しんがりになったひとがもうイヤというぐらい食べるはめになったこともあった。
posted by pilz at 18:27| 京都 ☁| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月18日

敗北的気分

朝から暁天講座(ぎょうてんこうざ)というものに出る。
講座が終わり、朝がゆが振る舞われるが、その “おかず” に怨敵が入っている。
鶏肉。しかも、じっくり野菜と煮込んだ鶏肉‥‥

小学校のときに食べて気分が悪くなっていらい、食べずにすごしてきたものだが、
せっかくつくってもらったのだからと箸をつけて口に入れるが、
尋常ではない、説明しがたい情念が押し寄せてきて、体が拒否反応を起こし、断念する。
無理だ、こればかりはどうしても食べられない。

体質的に野菜と煮込んだ鶏肉が食べられないわけではないから、
たんに精神的な問題なのだが、心が体におよぼす影響の強さを改めて知る。
「ひもじい思いをすればなんでも食べられる」という言葉を聞いたことがあるが、
じっくり野菜と煮込んだ鶏肉だけは食べないと思う。

怨敵をのせたトレーを食器を返すところにとぼとぼともっていく。
この “敗北的気分” は小学校の給食のときにしばしば感じていたものだ。
ぼくにとって給食はいつも闘いであり、負け戦に終わるのだった。
posted by pilz at 08:12| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

比叡山

hieizan01.jpgオープンキャンパスあたりから京都はすっかり晴れ上がって空気が澄んでいる。手を伸ばせば届くのではないかと思えるほど、比叡山がすぐ近くに見える。

今日は午後から高校訪問。大学教員にとって高校訪問は “苦行” であるといわれて久しいが、学生指導の時間をとられるのは困るにしても、ぼくはそれ自体をそれほど苦にしていない。
いろんなひとに会えるし、いろんなところへ行ける。
ほとんど、遠足の乗りなのだ。(^▽^ウケラケラ
posted by pilz at 09:18| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

宵山

祭日だということを忘れてぐずぐず学校に残ってしまい、
最寄りの駅前で超まばらな祭日ダイヤのバスを待つ。
浴衣を着たふたりが時刻表を見て「ミスった!」と言っている。同感。
そう言えば今日は宵山なのだ。京都の人間であれば、
宵山にまつわる “物語” のひとつやふたつ、もっている。

オープンキャンパスの様子がもうアップされていたので。
posted by pilz at 22:37| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月15日

自我自賛

heart01.jpgここでは三つのことに気をつけながら書いていきたいと思っています。

ひとつは、社会や学内の時事問題については書かないこと。ぼくもなにも考えないわけではないのですが、ここでまっすぐになにかを言おうとは思いません(ちょっとひねって話すことがあるかもしれないけど)。

もうひとつは、入試制度について説明しないこと。担当者とも話したのですが、
それはここでのぼくの仕事ではありません。
入試制度については大学HPのページをみてもらいたいと思いますし、
ぼくの職場のひとたちがあらゆるメディア、コンテンツをつかって
広報活動にがんばっているので、どこからなりと情報が手に入るはずです。

最後に、ひと(他人)を責めないことです。
ひとを責めるひまがあるぐらいなら、自分をほめることに力を尽くしたい。
自分をほめることをつうじて話しかけたいのです。
最初、担当者からこのブログの話を聞いたとき、
「しめた、 “自我自賛” の場ができる」と内心、喜んだものです。
自分をほめることなど誰でもできるとあなたは考えるかもしれませんが、
特殊なひとを除けば、自分を心底ほめるのは簡単ではないと思います。
ぼくの学生たちとの関係は、たいていここからはじまります。

今日は、今年度二回目のオープンキャンパスです。
posted by pilz at 06:02| 京都 ☁| Comment(2) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月14日

衒学的

朝からひとつ記事を書いたのだけど、消してしまった。
いつものように冗談を書こうとして、冗談を書くのはよい(!)のだけど、
その冗談の種類が衒学的(げんがくてき)なもので、
見直してみて、自分自身でほとほとイヤになってしまった。

こういう種類のことは自分の生理が受けつけないから書いてはいけない。

いったん口にして言葉になったものは周囲に影響を与えるが、
それ以上に自分に影響を与えるのだとぼくは思っている。
たとえば、冗談でも「人間に尊敬すべき点などない」と言ってしまえば、
少なくてもたんじゅんなぼくは、本当にそうなのだと思い込んでしまう。
キーをたたいて言葉になったものも同じなのだ。
posted by pilz at 17:03| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

けっきょくわからない、というのもいい。

朝からエレベーターで職場のひとと出くわし(イニシャルトークとかダメ?)、
「なぜキノコなのですか?」と問われる。
「それはいつか明らかになります」とかなんとか言ったような気がするが、けっきょく答えない。

ぼくはだいたいにおいてこんな感じで、コンパの席で学生から
「どこの出身なんですか?」と聞かれても、静岡からはじまって、神戸、奈良と、
まじめに聞いている学生たちをひきまわし、ボケたおして、けっきょく答えない。
「結婚しているのですか?」とも問われるが、ほとんどまともには答えない。
いちずにボケる。

あるとき、いらいらした顔で卒業生が言ったものだ。
「で、けっきょくどこ出身なのですか?」卒業後もずっと気になっていたのだろう。
それでも、なお答えない。それぐらいであきらめるようじゃ、
ぼくの学生にはなれないのだ。哲学できないのだ。
★今日のカメ吉★
posted by pilz at 08:25| 京都 🌁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

なにもしないでおく

見上げると天井にカメムシがくっついている。
見つけてもう一週間にもなるが、まったく動かない。

仕事をしながら、ときどき見上げる。
彼(?)はなにを考えているのだろうかと。
それでいいのか、君には子孫を残すとかなんとかいう、
君なりの使命があるのではないかとも思うのだが、彼の意志はわからない。
ずっとくっついたまま、天井の壁紙を見ている。

三日前から、つかまえて窓から逃がしてやろうかとも考えるのだが、
高くて手が届かないし、届いても確実にあの“におい攻撃”にやられるだろうから、
なにもしないでおくしかない。
posted by pilz at 17:37| 京都 ☔| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

なかなか、流しそうめんは、はじまらない。

いつもお世話になっているひとに朝から「ブログ読みました」と伝えられる。
聞くと、CKPブログ(「哲学科教員ブログ」、ちなみに管理人は、ぼく)も読んでいるらしい。
まさかこんなところにCKPブログファンがいるとは思わず、朝から不意をつかれる。

お世話になっているひとにブログ出演の承諾を得ようとするが、
「やですよ〜」と、やんわり断られる。
が、その言葉を聞いた5分後には書いてしまっているのである。

ともかく、CKPブログに負けるわけにはいかない。
予定では、1ヶ月で追い抜くのである(どういう意味で?)。

早く流しそうめんを考察せよ、流しそうめんを。
posted by pilz at 09:24| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月10日

退路を断つ

「原則、毎日書くのです」と言ったら、「そんなことを約束するので驚いた」と、
みんなが心配してくださる。でも、これがいつものぼくのやりかたなのだ。
ある一定の枠を設定して、迷う前に、公的に「やる」と約束してしまう。
そうやって退路を断つぐらいのやりかたをしないと、根が怠け者だから、
遠い彼方、きっとトロピカルな南の島まで逃走してしまう。

ちなみに、イヤなことは決して約束しませんから、ご心配なく。
posted by pilz at 18:08| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月09日

「遊ぶのがうまい」

大学には「留学生文化交流会」というのが年に二回(だよね?)ぐらいある。
あちこちに行ったり、楽しげなことをあれこれしたり(よくわかる説明だこと)して、
交流の機会にしようと、教職員たちががんばっている。

今回は忍者村的なところ(だよね?)に行って、忍者的なことをして、
流しそうめんもしたらしい。

ぼくの隣で仕事をしているひと(忍者村同行者。以下、「隣人」と表記する)が感心している。
「留学生は遊ぶのがうまいわぁ」。遊ぶときには一生懸命遊ぶのだという。
そういう観点でものをみたことがなかった、なるほどな。

次回は、「流しそうめん」について考察するのだ(たぶん)。
posted by pilz at 19:33| 京都 ☀| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

学校で学ぶということ

daigaku01.jpgこれからいろいろなことをお話しするでしょうけど、まず、ぼくが学校をどういう場所であると考えているのか、をお伝えしておきましょう。

学校はつぎのような思いをみなさんがもてるよう、あの手この手で「バックアップ」する場だと考えています。(「‥‥にあたいする」という言葉がイヤなら、「‥‥していい」と読みかえてください。)

(1)自分が生きるにあたいすること。
(2)人間が信頼するにあたいすること。
(3)世界が生きていくにあたいする場所であること。

もちろん、ぼくとはべつのことを考えるひともいっぱいいるでしょうけど、
ぼくじしんの考えはこういうもので、変わらないと思います。
ラベル:写真
posted by pilz at 08:34| 京都 ☀| Comment(3) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

「生活感がない」

今日もコンパ。学生たちから、「授業に生活感がない」と、やいやい言われる。
「生活感がない」ということで、「所帯じみてない」と言っているのか、
「冷血である」と言っているのか、いまひとつわからない。

よぉわからんが、ともかくあまりにかしましいので、
秋からの授業では、サンマを七輪でぱたぱた焼きながら教室に入ってくる、と約束する。
posted by pilz at 01:18| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

約束違反

7月に入ると、わがゼミではコンパの時期となる。
たいして飲めるわけでもないが、雰囲気が好きなので、
学生を引き連れて、一次会、二次会と京都の飲み屋街にくりだすことになる。

3年生と4年生が話している。
 (3年生)「この大学は、学生と教授の距離が近いのがいいですね。」
 (4年生)「そうだよ、それを利用しないと、この大学に来たかいがない。」

さすが、わが学生、よくわかっていると感心するが、
このところ、じっくり話すことがほとんどできていないこともあって、
まったくの約束違反である、あいすまぬことであると反省もする。

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posted by pilz at 16:21| 京都 ☔| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月05日

「駅から近かったから」

大谷大学は地下鉄の北大路(きたおおじ)駅の上にあります。
「大路小路」の「大路」は「北大路」にかけてあるのでしょう。

学生たちには、ときどき、「どうしてこの学校に来たの?」といったことを聞くことがあります。
「勉強したいことがあったから」とか、「人間に興味があったから」とか、いろいろですが、
「駅から近かったから」「雨にぬれないですむから」といった学生がいて、
驚かされ、そして、考えさせられたことがあります。
posted by pilz at 09:22| 京都 ☔| Comment(2) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月04日

縦軸と横軸

最初から冗談ばかりのブログにしようかと思ったが、
そういう希望を言ったら、担当者の目がぎらりと光ったのでやめておく。

「大路小路」は「O-ji Ko-ji」と読むらしい。
縦軸と横軸があって‥‥ということなのだろう。
「世界は縦軸と横軸から成り立っている」といえば、
納得してくれるひとが全世界で8億人ぐらいいそうな気がする。
意味深で気に入っている。
posted by pilz at 14:21| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする