2012年08月31日

女子力の謎

秘書室にKさんがいたので「女子力とはなにか」をたずねる。
「バーベキューとか行っても、火をおこさずに野菜切ったりみたいな」とのことであった。
それを聞いてゲラゲラ笑っていたら、G長が近づいてこられたので、
保身のためにゲラゲラをやや品よくオホホにする。

Kさんによると、女子力とは「お上品さみたいな」でもあるらしい。
ぼくには女子力はないな〜

あぁ〜またおちゃらけた記事を書いてしまった、バカバカ。
posted by pilz at 11:31| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月30日

one by one

「吉田類の酒場放浪記」という番組が好きになった。
吉田類というひとは「酒場ライター」らしい。ちょっとおしゃれで、
ときどき鼻の下を伸ばしながら、下町の酒場といった飲み屋でうまそうに飲んでいる。
よほど好きなのだろう、酒と肴を前にした目の奥がいつも笑っている。

ロケはおおかた東京らしく、東京の居酒屋メニューがいい。
あぁ神田の居酒屋で、煮穴子と分葱のぬたが食べたい‥‥
ぼくは父からの影響があって、ぐだぐだになって飲む人間をずっとキラっていたのだが、
いまではぐだっと飲むことをこよなく愛している。

ぼくは最初たいがいのものがキライだが、
ときがたつにつれて、たいがいのものが好きになる。
パズルの空白部分をワンピースずつ埋めていくように
キライだったものを好きになっていく――こういう気持ちは悪くない。
posted by pilz at 22:02| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

ふかふかのセンター長

kori01.jpg部屋に入ってきたHさんが「この部屋は緊張する」と言っておった。ぼくは遊び心ある職場をめざしているので、これはいかんことなのである。すぐに、PDCAサイクルの確認をしなければならぬ。

P(遊び心ある職場の創設)
D(デスクにキノコボールペンをさりげなく置いておく)
C(ほぼ5ヶ月が経過しようとしているが、Mさん一度もツッコまず、Hさんには「緊張する」と言われてしまう)

この現状を生んだものはなにかと内省し、問題はぼくだ、と直感する。
ツッコミを阻止し、いたずらに緊張感を生み出しているのは、このぼくなのだ。
べつの部署のFさんも、「せんせいはしゃべりかけにくい」と言っておった。
そこでぼくは泣く泣く、以下のようにアクションすることを決断した。

A(個研にある大きなリラックマのぬいぐるみを取ってきて、
 ぼくの代わりに座っていてもらう)

これでいい。これでぼくの部屋にただよう重苦しい空気は一掃されるであろう。
ぼくも、リラックマが執務しているあいだに秋のキノコ狩りに行けるのだ。
ただし問題は、あのリラックマのふかふかの手で稟議書に
印鑑を押せるかどうかなのである。(そういう問題なのか。)

(写真のコリラは、記事とは関係ありません。)
posted by pilz at 20:15| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月28日

テーマパーク

momoyama.jpgベランダに出て空を撮ろうとしていたら、Mさんから、B学のO先生によると、この位置からは(伏見)桃山城が見えるらしいですよ、との情報がある。

桃山城はキャッスルランドという遊園地のようなところに建っていて、ぼくが小学生ぐらいのころはけっこうなテーマパークで、とくべつのときにだけ連れて行ってもらえる、わくわくどきどきな場所だった。

桃山城は、あるとき閉園してしまったキャッスルランドの名残なのだ。
エキスポランドもあやめ池遊園地もドリームランドも閉園してしまった。
といっても、ここも一種のテーマパークなんだけどね。
posted by pilz at 09:47| 京都 ☁| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月27日

夏から秋へ

なにかが足りないと思えば、隣人先生がいないのである。
隣人先生はいまごろかの国でしかるべき研究をしておられるのだが、
ぼくは隣人先生の本棚がますます平行四辺形になっていることや、
われわれにマイヘルメットが配られたことを早く伝えたいのだ。

そういえば、今日のCにはNさんがいなかった。
遅い時間にCに行って、ぼくがFさんになにかを話しはじめると、
いつも不安そうにこちらを見ているはずなのだけど、いない。

家の庭では、コオロギが鳴きはじめている。
posted by pilz at 21:35| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

精神衛生上必要なこと

ひじょうに立派な記事を書いてしまった。
こんな記事を見て、苦々しい思いを抱かれる方は多いだろう。
恥ずかしげもなくよく書ける、と呆れ果てている方もおられると思う。

じつを言えば、ぼくもまた、いやぼくこそがそのような思いを
抱いているひとりめなのだ。ぼくは、じぶんの対応の拙さで、その言動の口さがなさで、
なんにんかの学生を大学から追いやったことを知っている。

ぼくの書く教師像、教師としての立場は、ぼくがじぶんの恩師たちに抱いているもの。
これからぼくがどんな立派な記事を書いても誤解がないように、
また、みずからの精神衛生のためにそのことを書いておく。

posted by pilz at 22:29| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「先生は尊敬しないといけないのですか?」

boat01.jpgぼくも「せんせい」と呼ばれる仕事をしているので、すごく答えにくいのですが、だからこそ、ぼくに聞いたのですよね(^^ヾ

あなたのいう「尊敬」はどういう意味でしょうか。「ぼくらより大きな力をもっていて、いざというときにはそれをひとのために使うひと」にぼくらがもっている気持ちのことでしょうか?だとすれば、「先生みんなを尊敬する必要はまったくないけど、尊敬できる先生がいるほうがいい」というのがぼくの考えです。

どうしてかというと、たとえば、ぼくのことしか言えないのですが、
ぼくは、なにか少しでもうまくいくことがあれば、すぐに思い上がってしまいます。
思い上がってしまって、なんでもできる、じぶんひとりでもできる、となってしまい、
こうなると、もう誰からもなにも学ぼうとすることがなくなってしまうのです。
なにもしないというかたちで、将来のじぶんを傷つけることになってしまいます。
そういう意味でも、「じぶんよりも大きな力」をもったひとがいることを
知っているほうが、いろんなことを学ぶきっかけになるのです。
これがひとつめの理由です。

もうひとつの理由は、複雑な社会のなかでぼくらが一歩を踏み出すためには、
ちがう言いかたをすると、無限にある選択肢(せんたくし)からどれかを選ぼうとするためには、
それなりの安心感が必要だと思うからです。たとえミスをしても、
見逃すことなく気づいてくれて、バックアップしてくれるものがあると思えないなら、
恐ろしくて、不安で、なにかをすることなんてできないのではないでしょうか。

なになに?だったら、尊敬するのはべつに先生じゃなくてもいいじゃないですかって?
そうですね、そう思います。先生というタイプのひとはいまのあなたにとっては
接触する時間が長いひとたちなのですが、できるだけいろんなタイプの多くのひとを、
そして、あなたがそこに含まれる人間がおおかた信頼できて、
尊敬できればそれにこしたことはない、というのがぼくの考えです。
けっして簡単なことではないのですが。
(「中高生からの問いに」vol.1)
posted by pilz at 21:30| 京都 ☀| Comment(2) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月25日

七の段

携帯を使って10年以上になるのに、いまだに改行のしかたをおぼえていない。
ときどき、奇跡的かつ偶然に改行できるのを期待している。

世のなかが祭日だ、休みだと言っていても、それがなんの祭日かはおぼえていない。
元旦とか子どもの日は知っているが、あとはいまひとつわからない。

十二支があるのは知っているが、「そらんじろ」と言われれば、
きっと8番目辺りでつまづく。

九九はほぼ大丈夫だが、ほんとうのことを言えば、
七の段辺りはぎりぎりで、まったく余裕がない。

漢字の書き順は知らない。

授業をする教室の位置は1年かけてもおぼえない。
だいたいの感じで歩いていって、あわよくば、
ちょうど教室に入っていく顔見知りの学生がいないかと探している。

「英語ぐらい読める」という顔をしているが、
ほんとうのことをいえば、どう考えても理解できない文章がいくらでもある。

‥‥(ほかにもたくさんあるけど略)‥‥

立派な教育学者の先生たちが聞いたら怒るでしょうが、ぼくはそんなぐらいです。
学生には申しわけないのですが、いまのところはなんとかやっています。
posted by pilz at 08:42| 京都 ☁| Comment(2) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月24日

彼らがやって来る。

部屋にK課の3人が来るとの電話があり、瞬時に緊張がはしる。
G君だけならまだしも、そこには、あの海千山千の「悪だくみコンビ」が含まれているのだ。
油断していたりすると、知らぬまに企画書のなかにぼくの名前が書かれていたりして、
(>_<。)HelpMe!!となる。いつも、どうしても断れない場所をピンポイントで突いてくる。
ひとのことをよく知っていて、そのひとのキャパぎりぎりをねらって切り盛りしている。
感心すること、しきり。
posted by pilz at 23:02| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月23日

これでやっていく

昨日はなんでもないことなのに、大学のことを話しはじめて感きわまってしまった。聞いている人からすれば、なにをこのおっさん、ひとりで盛り上がっているのだろうと思っただろうが、いろんな学生とのいろんなシーンが瞬時に押し寄せてきて、どうしようもなかった。いついかなるときでも自分をじょうずに制御できるのが大人であれば、今生、大人になることはぼくにはもう無理だ。これでやっていこうと思う。
posted by pilz at 02:16| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月22日

研修日

今日は部署の研修ですのじゃ。いろいろ勉強して、かしこくなるのですじゃ。
posted by pilz at 07:52| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

奇跡

お盆休みの後半は、とある大学院に行った学生と読書会をしていた。
数年前はろくろく日本語も書けないような状態だったのに、
フランス語を読み、もう立派に研究論文を書いている。
そして、なにより驚いたのは、しばらく様子を見なかったあいだも、
怠ることなく自分で勉強を続けていたことだ。

べつの部署のFさんが、あるとき、
「この大学には、ときどき奇跡のような学生がいる」と言っていたが、そう思う。
posted by pilz at 16:32| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

防災ヘルメットの来た日

helm02.jpg今日は周辺の住人が少ない。

いつもお世話になっているMさんがぼく用の防災ヘルメットを持ってきてくれた。職員はみなマイ防災ヘルメットを所有しているらしい。「そばに置いておいてください」とのお達しがある、ハイハイ。

防災ヘルメットはお遊びのものではないが、どんな具合かと、隣人先生のいない部屋でヘルメットをかぶったり、脱いだりしながら原稿を書いている。

Mさんが「隣人先生の本棚、傾いていません?」と言っている。
なるほど、4月には長方形であった本棚が平行四辺形になりはじめている。
どんなハードな使い方をしたらこんな形になるのだろうか。
いずれにせよ、このままでは、いつなにが起こっても不思議ではない。
(マイヘルメットの上方に写っているのは、カメ吉)
posted by pilz at 14:15| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

イニシャルトークへの道

すでにK課にはイニシャルトークの了承をもらっているが、Cからはまだ。
Fさんに聞いたら「大丈夫でしょう♪」とのことであったが、
Fさんの「大丈夫でしょう♪」はやや幅がひろいので、慎重に対処する。

CにはN表記になるひとが何人かいるので、
イニシャルトークでは誤解が生じないようにする必要がある。
最年少のNさんは「N君」でまぁいいだろう(NさんとNさんは文脈で判断してもらう)。
ちなみに、もうひとり君づけをするのは、K課のG君。
G君を「Gさん」と呼ぶなんて、イヤなこった。
posted by pilz at 23:22| 京都 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

最後はやはりこの方で‥‥

kinoko02.jpg
これにて、写真シリーズを終わります。
posted by pilz at 22:44| 京都 ☔| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月17日

黄色

omina01.jpg
山里はもう秋。

今日は慣れない本を読んで、勉強になった。
posted by pilz at 22:00| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

終わらないもの

station01.jpg
昨日は終戦の日。
戦争――いったんはじめてしまえば、終わることのないもの。
posted by pilz at 08:19| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月15日

予約投稿

sora01.jpg
今日公開の予約投稿をしたつもりの記事が、昨日のあいだに公開されてしまっている。
投稿設定をミスったのだ、あわわ。

学生には、ときどき、いまではなく未来に向けて言葉を投げかけることがある。
その未来は数年後の場合もあるし、もうぼくがいないだろう数十年後の場合もある。
いまは意味がないかもしれないが、いつかその言葉が開いたときのことを思って投げる。
疾風怒濤(しっぷどとう)のときをへて時宜(じぎ)をえたときに、
その言葉が記憶の片隅に残っていてくれればいいのだけど。
posted by pilz at 12:04| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

ドアを開ければ、そこは戦場

先日の模擬授業では冗談を言い続け、ボケ倒したが、
教室での授業では、どこまで学問的に厳密であるようにこころがける。
個人的なことはあまり話さないし、おちゃらけも、なるべくしない。
正確なことを、できるだけわかりやすく、簡潔に話すことを心がける。
学生にも、正確に理解し、正確かつ簡潔に表現することをどこまでも求める。
議論からはずれたこと、根拠のないことを話しはじめたらすぐにストップをかける。
居眠りをしていたら、外へ追い出す。

でも、個人研究室では、はっきりと顔を変える。
お菓子を食べながら、お茶を飲みながら、求められるままに、じぶんの求めるままに
とりとめのないことを時間を忘れて、いつまでもしゃべっている。
教室でスィートである必要はないし、個研で学問的に厳格である必要なんかない
(もちろん、求められればそうするが)、そんなの、当たり前じゃないか。
心のおもむくままにしゃべっているが、ひとつだけ気をつけていることがある。
ときどき、まじめに夢を語ることだ。できれば、同じ大学で学んだ先輩として。

「中高生じゃあるまいし、大学生にもなって」と言うひともいるだろうが、
追われ、求められ、問い詰められ、生き馬の目を抜くことを強いられる社会のなかで、
つかの間であっても息を抜くことのできる場所があっていい。
ドアを開ければ、そこはまた戦場であるにしても。
posted by pilz at 22:44| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジーマ-ミー豆腐の空想

jimami01.jpg
絶品のジーマ-ミー豆腐が食べられる店がある。

ふと気づくと、ANAのHPで空席照会をしているじぶんがいる。
ぼくの動力の何%かは「沖縄力」で、これが切れると、
“心のちゃぶ台” をひっくり返してしまうのだ。

坂道を上がり、めざす食堂に着く。
ひとつひとつ地豆(ピーナッツ)をしぼった手作りだから、時間がかかるのはやむをえまい。
ジーマ-ミーを食べたら、つぎは坂道を下り、国道を右に曲がったところにある
あの店で超絶的に美味い沖縄そばを食べねばならない。
空想はどこまでもつづく‥‥
posted by pilz at 21:29| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

もっと涼やかでしょ?

usagi01.jpg
そうじゃないですか、はぁ、そうですか。

昨日の打ち上げ花火で、ウサギの形が出てきたのには驚いた。
ドラえもんもあったような気がするが‥‥

8月のオープンキャンパス3日分の当日レポート
posted by pilz at 23:00| 京都 ☔| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変わるものと変わらないもの

valley.jpg連日連夜のお祭り(もう終わりかな)。記録が塗りかえられる早さに驚いたりしている。塗りかえられることによって、過去の記録は消えてしまうのだろうか。

長く生きていると、すぐにものの考え方が固(かた)く、小さくまとまってしまっていけない。固く小さくまとまってしまって、ひるがえってじぶんを見つめることができず、他人を責めることに日がな一日を費やすような生き方をしはじめるのが「老いた」ということなのだろうと、じぶんのあたまをポンポンたたく。すいません、わたしが悪うございました、以後、気をつけます。

もし、時を経るにしたがって凝固する部分が増えてくるということが一般に言えるなら、
大学の教育には、「凝固しはじめたものを解きほぐす」という要素が
小中高でのそれよりも強く求められるのではないか。
これまでまったくなかったものを新しく付加することはもちろん必要だ。

だが、そればかりが高等教育であるとはぼくは考えない。
折り重なり、癒着(ゆちゃく)し、埃(ほこり)をかぶったものを、
ふっと埃を払い、洗いときほぐし、ひとつひとつ見えるようにする。
そのとき、これまでもじぶんをつくりあげていたはずのひとつひとつは、
まったく新しいものとしてじぶんのものとなり、
あらためてじぶんを織り上げる可能性を帯びてくるのではないか。
あとは、「フレーフレー」と応援あるのみ。
posted by pilz at 09:36| 京都 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

涼やかでしょ?

kurage01.jpg
posted by pilz at 21:09| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学問

book01.jpg
昨日、一昨日と部屋の掃除をする。

学生時代からお世話になってきたカント関係の研究書のほとんどを取り出し、
移動することにした。段ボール箱に入れてあった日本思想関係のものが
カントにとってかわることになる。

親鸞から並べはじめて、ついで初代学長、3代学長、17代学長の著作集が期せずして並んだ。
自分の大学をつくりあげてきたひとの思想を学問的研究の対象にできることの喜びを、
学生たちにも知ってもらえればと思う。ぼくは24代学長となった恩師から、
学問とはなんであるかを教わった。
posted by pilz at 09:22| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月11日

花火

hasu01.jpg
予定されていた花火大会は、あいにくの雨で中止になったらしい。

花火のよさは、見た目のうるわしさだけでなく、あの低音と、
あの低音が周囲の空気を震わせる微細な振動もそうなのだろう。だとしたら、
視覚だけでなく、聴覚や触覚にまで訴えかける “総合芸術” ということになる。

あの音と振動は、胎児のころに感じた母親の心臓の鼓動なのではないか。
夏の夜空を見上げながら、いつもなんの根拠もなく思う。
母は、なによりも花が好きなひとだった。
posted by pilz at 20:37| 京都 ☁| Comment(4) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

ほどよく死を知らせる。

semi02.jpg
これから彼岸にかけてコトリコトリと落ちていくセミは、ほどよく死を知らせてくれる。
追記
posted by pilz at 22:46| 京都 ☁| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月09日

『碑』

今日は長崎への、6日は広島への原爆投下日だった。
小学校のころ、ぼくはときどき図書室にこもって、
もっぱら、あまり子どもらしくないような本を読んでいた。
いま、その本の名前を思い出そうとしてもほとんど思い出せないが、
一冊、よく覚えている本がある。『碑』(いしぶみ)というものだ。

それは爆心地近くで被爆した県立広島第二中学の生徒たち
三百余名全員が亡くなるまでの様子を描いたもので、なぜかわからないが、
ぼくは、まだ行ったことのない広島で起こった出来事を描いたこの本を何度も読んだ。
被爆してすぐに亡くなった生徒、何日かがんばって亡くなった生徒もいたのだが、
とくに心に残ったのは、「けっきょく○○君の行方はわかりませんでした」といった、
原爆投下後、ようとして行方の知れないままの生徒たちのことであった。

夏の広島に行きたい‥‥それがいつしか、ぼくの願いになっていた。
今年、ぼくがはじめての高校訪問の地として広島を選んだことにはいくつか理由があるが、
この願いもまた理由になっているのだろうと思う。
posted by pilz at 23:18| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月08日

山椒とイチジク

今日は幼稚園に行った。先生に案内してもらって内覧会となる。
当たり前なのだろうけど、設置したり、植えてあるものひとつひとつが
細かく考えられている。

ぼくは植物が好きだから、どんなものが植えられているのか、詳しく見ていた。
グミが植えられていると思ったら、説明が入って、
「園児が食べられるように植えてあります」ということであった。
ぼくはこういう考え方が好きだ。

このごろ見なくなった柏の木は、「園児が(樫などの細長いドングリではなく)
丸いドングリを手にとることができるように」、また、
「柏餅の葉っぱを説明できるように」とのことであった。
園が接する斜面にはサルトリイパラが生えていたから、
柏餅の葉っぱとして使われている柏とサルトリイバラの葉っぱの
違いを説明することもできるのだろう。

ぼくがいちばん興味をもったのは畑。
そこには、いまは二本だけ植物が植えられていて、
一本がなんと山椒だった。ひょっとしてまさかと思ったが、やはり、
「アゲハチョウの幼虫を園児が観察できるように」ということだった。
山椒を植えれば、必ずアゲハが産卵に来るのだ。
山椒は棘がつくので大丈夫かなと思ってみたら、棘はとってあった。
もしかしたら、棘のつかない品種なのかもしれない。

もう一本はイチジクだった。
目立たず咲く花の意味を教えるのだろうか。
posted by pilz at 17:27| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月07日

整理整頓

周辺の住人たちというのは夏になると髪を短くするひとたちのようで、
あれよあれよというまにみんな髪を切っている。

今日も部屋に戻ってくると、隣人先生の髪が短くなっていた。
「えらく短くなりましたね!」と言うと、
「もうっいろんなことを整理したくて」とのことであった。
わかる、痛いほどわかる。

ぼくと隣人先生とF先生の三者は、その机上の汚さにおいて、
むやみにしのぎを削っているのである(次点はG長)。
posted by pilz at 18:37| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月06日

「ねぎらう」ということ

三日間のオープンキャンパスが終わり、打ち上げ。
かねてからの予定どおり、今回はじめて手伝ってもらった学生たちをねぎらう。
こういうときいつも思う。どうすれば、適切にねぎらうことができるのか、と。

「ありがとう」「ごくろうさまでした」であれば、いくらでも言う。
でも、そうしたことを言うのは大切だろうが、その言葉だけなら、
ジュースの自動販売機でも発音する。ねぎらうための良策は見つからない。

夏休みにもかかわらず、朝早くから来てくれたこと。
うだるような暑さのなか、日差しに焼かれてくれたこと。
夕方からアルバイトがあるのに、朝から夕方まで努めてくれたこと。
風邪で体調が悪いのに、来てくれたこと‥‥
せめてものつぐないにと、それらに思いをいたす。
posted by pilz at 23:21| 京都 ☁| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする