2012年09月30日

慎ましやか

rindou01.jpgときどき、「美しい」と感じる文章にであう。そう感じるたびに、そう感じるのはどうしてだろうかと考えていたが、昨日そんな文章を読んで、はたとわかったような気がした。

それを美しくするのは、じぶんの手にはけっして届かないものがあるということを知っていることからくる慎ましやかさ。それは、傲慢さと背中を合わせた卑屈さとは、まったくの別物なのだ。






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2012年09月29日

親切

保護者と教員だけを対象とした大学見学会。
Uさんが拡声器を使って学内を案内していくので、Fさんとぼくもついていく。
保護者のなかには哲学科出身の方がおられて、I先生とよく飲みに行ったとのこと。
ぼくより少し上の学年の方なのだが、ここに学食があった、
体育館があった‥‥と、けっこう話が合う。懐かしい。

秋空になり、尋源館が鏡面のようになった博綜館のガラスに映えて、
美しい。みな写真を撮っておられる。

響流館に入り、綜合研究室に上がる。誰が頼んだわけでもないのに、
Fさんが書架にある西蔵大蔵経を取り出してきて、「チベット語です」などと、
保護者のお母さん方のほうに行って見せている。やっぱりこの大学は
親切なのだと思う。この親切さを失いたくない。
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2012年09月28日

大阪魂

kushi01.jpg
新世界で撮ったもの。一方、疲弊した当局員の昼食は、だんだん軽い、あっさりした、
胸にもたれないものとなっていくのであった。
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2012年09月27日

自分の場所

大学見学の高校生たちが個人研究室(個研)を見学するという。
ぼくの個研はどうかと聞かれたのだが、残念ながら、
ほとんどお化け屋敷化してしまっているので、R先生の個研に行ってもらった。
ぼくが行く必要はないのだが、おもしろそうな企画なので、
高校生たちにくっついてR先生のところへ行く。

個研というのは高校生からしたら未知の領域だから、
テーマパークのアトラクションとしてもおもしろいのだろうが、
そこでお茶を飲んだり、勉強の指導などもしてもらえると聞いて、
それが「自分の場所」にもなるということに気づいてもらえたらいいのに‥‥
そう思いながら、楽しそうな高校生たちを見ていた。

R先生からもらった名刺を見て高校生が言っている。
「○○○ってキレイな名前やね。」
そうか‥‥そんなところに驚くのか‥‥
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2012年09月26日

不在

昨日も今日も個研の前で待っていたのだという。
個研で話していたら、すぐさまべつのひとも入ってきた。
きっと、その学生も、なんかいか個研の前に来ていて、ようやく、
「在室」のぼくを見つけたのだろう。

個研の前のボードには「メールしてください」と書いてあるが、
ぼくが公務に忙しいことを知っている学生からしたら、
メールできるわけがないのだ。(それでもメールして欲しいのだけど。)

その昔、ぼくの恩師はやはり学務に忙しい方で、なかなか会えなかった。
そんな思いはさせないでおこうと思って教員になったのだけど、
けっきょく無理だったな。
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2012年09月25日

良いミツバチは多くの蜜を得る

konpei02.jpg学生が話している。「私はどこに行っても、いい先生(ちなみに、ぼくのことではない)や友だちに会えるんで、幸せやわ」。知らない学生だったから口に出すのはよしておいたが、「それはきっと、あなたが会った先生や友だちがいいというより、あなたじしんがいいひとだからなのだ」‥‥そう心のなかでつぶやいた。

いいひととは、相手の良い面を引き出すひとのことなのだ。じぶんがいいひとであることに気づいていないひとは多い。
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2012年09月24日

まとめればよい、というわけではない。

朝からK課のSさんがやって来る。手元の布きれを見て (/><)/ ひぃ となる。
ぼくのハンカチであった。このハンカチはすでに一昨日の午前中、
入試説明のあとに教室に忘れて、CのKさんに届けてもらったものであった。
それをまた夜からのK課での歓迎会席上に忘れてきた、というわけなのだ。

みんなただでさえ忙しいのに、こんな忘却おっさんのケアまでしなければならないとは‥‥
ホント、すいません。「今度から気をつけます」と言いたいところなのだが、
忙しくなると、ものを忘れてなくすのは、ぼくの性(さが)なのである。
「気をつけてなんとかするなんて、ぜったい無理です。またきっとなにかを
どこぞに忘れてきますゆえ、部署のみなさん、どうぞ、よろしくお願いいたします。」

CとK課から拾ってもらって、
やっとぼくはほんとうのセンター長になれたような気がする。
(まとめるな。)
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2012年09月23日

また会えたら、いいですね。

妙齢のおっさんらしく、遅く寝たのに早く起きてしまう。
昨日は、寝ていなかったせいか、たいして飲んでもいないのに
ぐだぐだに酔っ払ってしまって、アホな発言をくりかえしたような気がする。
ぼくなぞ、育ちからくる品の良さだけで生きているようなものなのに‥‥

パソコンを開けて、酔っ払って書いた昨日の記事を見て驚く。
これでは「さよなら」の意味にしかとれないではないか‥‥ぼくが言ったのは、
Ich hoffe, wir sehen uns irgendwann mal wieder ということ。

ともあれ、昨日のお礼を学生スタッフのみなさんへ。
これからも頼りにさせてください。^^
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2012年09月22日

Auf Wiedersehen

遅くまで飲んで、電車に乗る。
前後左右があやしいまでに飲むのは久し振りか。
それにしても、今日のオープンキャンパスでの説明がうまくいかなかった。
次回はもう少しましなものにしたいと思うが、次回のチャンスがあるかどうかはわからない。
ぼくは誰がどう言おうと、自分で納得できない仕事ぐあいしかできないようであれば、
さっさと自分で身をひく。
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2012年09月21日

知るということ

卒業生と、卒業生の妹がくる。
なにも見せるものがないので、カメ吉を見ていってもらう。
驚いたことに、facebookからの情報で、カメ吉の名前を知っていた。
最初、二人はまったく似ていないと思っていたが、
だんだん似てきて、いまではあまり区別がつかなくなってしまった。

Mさんから、隣人先生の本棚が長方形に戻っているとの指摘がある。
たしかに平行四辺形が長方形に戻っている。ずっと隣に座っていて、
なんども隣人先生の方を向いて話していたのに、まったく気づかなかった。
ぼくはなにを見ていたのだろうか。
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2012年09月20日

尋源

daigaku02.jpg
なんどか使った写真なのだが。
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2012年09月19日

「半生手打式さぬきうどん」

ふと鏡を見つめると、顔の皮膚がぺろりぺろりとはがれて、
脱皮しはじめのヘビのようになっておる(もっとましな表現はないのか)。
しまった‥‥こんなファニーなフェイスであのひとやあのひとやあのひとたちと、
まじめに大学の未来について語り合ってしまったのか‥‥

まぁよしとしよう。ぼくは皮膚の如何(いかん)でセンター長をやっているのではない。
しかも、なんといっても今日は「中野うどん学校」の「半生手打式さぬきうどん」を
Oさんからもらった日なのだ。あいにく、大歩危小歩危は濁流となっておったらしい。
日曜日は、讃岐うどんをゆでるのだ。
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2012年09月18日

受信トレイ

今日は卒論の中間発表に向けた原稿提出の締め切り日。
締め切りまであと1時間を切り、パソコンの画面の向こうには
いくつかの修羅場がひろがっているのだろうが、提出しなければ
後期の発表を認めないとあって(誰がそんなことを決めたのだ!)、
提出を待つこちらも気が気でなく、なんども受信トレイをのぞく。
といっても、もう寝るけどね。明日も早いのだ。
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2012年09月17日

芽と目

ときどき「芽を見つけた」と思うことがある。
見つけるとうれしいものだから、それがどうやったら伸びるかと、
どうやったら乾燥から、害虫から守ることができるかと考えて、
かってにじゃばじゃば水をかけたり、防虫用の布のようなもので覆ってしまったり、
ついには防虫布に“発見者”ないし“養育者”として、
じぶんの名前を書き込んだりすることさえある。

ときにそれは木にとって迷惑以外のなにものでもない、
暴力にさえなりかねない、ということの可能性をすっかり忘れてしまうのだ。
悲しそうな目を見て、はっとそのことに気づく。
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2012年09月16日

想定外の黒い影

洗面所でふふふんと歯を磨いていたら、敷いてあったマットの下に黒い影が
入り込んだ気がした。メガネを外していたから確認できなかったが、
たぶんゴッキーだと思う。そのほかの虫ならたいていなんでもないが、
ゴッキーだけはダメだ、生理的に受け付けない。

なにがそんなにイヤかといえば、ぼくの場合、その理由は複合的で、
不潔だったり、黒々テカテカしていたりするのもイヤだが、
なによりその素早さがイヤなのだ。ひとはたぶん生物の個体の大きさから
1p個体なら秒速何p、3p個体なら秒速何pを限度とする、といったぐあいに
それぞれの歩幅からおおよその “推定歩行速度” を想定していると思うが、
ヤツの “実際歩行速度” はその想定を超えている。速度違反なのだ。

しかもまれに、まったく想定外のタイミングで飛びやがる。
さらにくわえて、どこに向かって飛ぶのかも想定できない。
昔、スプレーを吹きかけたゴッキーが顔に向かって飛んできたことがある。

ぼくは何十年かぶりでホイホイを買うことにした。
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2012年09月15日

炎天下のイカ釣り

炎天下にもかかわらず、イカ釣りをしてしまう。
ほ〜ら短時間なら赤くもならないし〜♫‥‥
なんて思いながら釣りを続けていたそのとき、
ぼくの愛おしい皮膚は、火傷の赤い肌をつくり出そうとしていたのだった。
ようやく症状が出てくる一時間後には、ぼくはもう、
取り返しがつかないほどの紫外線を浴びてしまっていた。
悪かった、皮膚。

いま、ひりひりする皮膚にシーブリーズを塗ったくりながら
無邪気だった “安穏の時間” について反省するというのは、
あの一時間がもう一度戻って欲しいなどと願うことではなく、
いまもじつは炎天下のイカ釣りを続けているのではあるまイカ?
と自問自答することなのだろう。
お前はまじめなのかふざけているのか、どちらなのか。

それにしても、あの虹と鱚(キス)、きれいやったなぁ。
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2012年09月14日

辺境

rishiri01.jpg
無事、帰宅。雨に泣かされ続けた日程だったが、
出発前の数時間だけ晴れわたってくれた。

それまで見えなかった利尻富士が見え、サハリンが見えた。
稚内は辺境の街であり、国境の街だった。

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2012年09月13日

ツボダイ

wakkanai01.JPGメニューを見ると、「ツボダイの焼き物」というのがある。食べたことのない魚なので注文してみると、これがびっくりするほど美味しかった。開きを焼いたものだったのだが、その淡泊さと脂の乗り具合からして、キンキとノドグロ(赤ムツ)の中間ぐらいの味だった。ツボダイの名はあまり知られていないはずだけど、もしこれを売り出したら、けっこうな名産になるだろうに。

隣の席にロシア人たちが座る。ぼくの父親はロシア在住の外交官で小さいころはモスクワに‥‥なんてことはもちろんなく、ロシア語なんてかいもくわからない。よく見れば、さすが稚内、メニューにロシア語が添えてある。鹿児島から自転車でやってきたという青年もいた。いろいろやってみたらいいのだ。じぶんが知らないことなど世界にはごまんとあるということに手っ取り早く気づけるのは、旅のよさだと思う。ぼくが来たのは仕事でだけどね。

さあ、明日は京都に帰ろう。カメ吉、元気にしてるやろか。
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2012年09月12日

母恋めし

bokoi01.JPGこれは東室蘭駅で買った「母恋めし」という駅弁の一部(いまはうまく縮小できなくて、画像が汚くなっている)。ホッキ貝飯?でつくったおにぎり。ホッキ貝が好きなので、いちど食べてみたいと思っていたのだが、駅から降りて、キオスク的なところをのぞいてみたら、なんとこれがあった。ラッキー。

ぼくは“怨敵”以外の食べ物はたいてい美味しくいただくひとなのだが、電車のなかで食べたこれは本当に美味しかった。ご飯にしみこんだミルクのようなコク(これ、ミルクを入れてるんじゃないのか?)もいいのだが、ホッキ貝の独特の歯触りが100%活きていて、秀逸だった。

歯触りとか歯切れとかいうのは、ひとからすれば歯肉にかかってくる一種の抵抗力なのだろうけど、それが食味のひとつになるというのはなぜだろうか。ほんのわずかな抵抗がありながらも最後には自分が勝つ(噛み切る)――というのがいちばんここちよい、ということなのかな。陵南の仙道がそんなことを言っていたような気がする。
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2012年09月11日

雨男にもほどがある。

今日も雨。列車の運休があいつぐなか、なんとか今日の予定を終える。
今日も、大切な話をすることができた。が、明日の列車のチケットを買おうとして、
張り出された看板を見て、目が点になる。

「道内大雨による特急運休について」‥‥
行けません、無理に行ったとしても、帰れません‥‥
脳内音楽が「津軽海峡・冬景色」になり、無限リフレイン状態になる。
先方に申し訳ない‥‥

言いたいことはやまほどあるが、以下略。
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2012年09月10日

街の光

hakoda01.jpg函館。いきなりのどしゃぶりでホテルに着くまでにスーツ、ぐだぐだになる。靴、だめになる。なぜこんなときに限ってゴアテックスではないのかと、わが判断力をなげく。このあとの日程を思い、すっかり心ささくれる。

しばらくホテルでふてくされて、出発。いろいろなひとと会い、話して、それから夜景を見に行って、完全に回復する。そうか、じぶんの知らないところで、こんなにもたくさんのひとたちが生活していたのか。
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2012年09月09日

目的を忘れてはならない。

あなどった。かんたんに準備できると思ったのだが、書類の準備が終わらない。
あれこれ作っているうちにどんどん分厚くなってきて、やばやばなのである。
そうこうしているあいだに起床時間が近づいてくる。

あんまり無理をせず、あとは「北海酒場放浪記リスト」だけを作って、寝よう。
ブログも簡単にすませよう。大切なのは、今日の記事ではなく、
これからの「北海酒場放浪記」なのだ。(だから、高校訪問だって。)
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2012年09月08日

御礼

世界には楽しいことがいろいろあるでしょうが、
ぼくにとっては、ひとと向き合って対話できることほど楽しいことはないのです。
そして、その相手が自分の大学の先輩や後輩であれば、なおさらのことです。
湖東支部のみなさん、今日はありがとうございました。
こころよりの御礼を申し上げます。
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遠景

今日は近江八幡で話す機会をもらっている。
瀬田川にかかる鉄橋からは琵琶湖が見えるだろう。
小さなころからなんどもなんども見た懐かしい光景。
懐かしさには痛みがともなう。
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2012年09月07日

「 」のなかにあるもの。

近隣のひとたちとよく会議をする場所は食事の場所ともなっている。
お菓子好きが多いこともあて、テーブルの菓子が切れていたことはない。
ディズニー柄の袋詰めの菓子に手を伸ばせば、なんと、せんべいであった。
誰かのおみやげなのだ、バリバリ。

去年ぼくは東京に半年住んでいたけれど、ディズニーランドには行かなかった。
ひまさえあれば、下町ばかり、ほっつき歩いていた。

ぼくにとってはディズニーランドより下町が楽しかったからなのだけど、
それでも、家にはけっこうディズニーのDVDがあったりする。
シンデレラがドレス姿に変身するシーンなんか、ぼくでさえ、
なんどみても「○▲×♪■○!!」な気持になる。
この「  」のなかにあるものがディズニーのよさなのだろう、
とかってに思いこんでおく。
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2012年09月06日

たんじゅんな事実

雨男なので、ぬれてもよいようにゴアテックスの靴を買ったのだけど、
さぁいつでも降ってきやがれ、なんて思って履いて出ても、
決まってその靴を履いているときにはぬれることがない。

こういうことを言うと、それは気のせいで、
この靴を履いたらいつも降ると思っているわりには降らないものだから、
あたかも一度も雨に降られていないかのように感じるのだ‥‥
とかなんとか、したり顔で“理論”を説かれそうな気がするが、
気のせいでもなんでもなく、ただ、一度も雨に降られていない、
というのが、しごくたんじゅんな事実なのだ。
posted by pilz at 22:45| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月05日

二色刷り

どうしても気にかかる問題が解決できずに、もんもんとしていた。
それに気を取られて会議から会議へとうまく渡りゆくことができず
ぐずぐずしていたら、Mさんと隣人先生が呼びに来てくれた。

ごめんなさいと、ありがとう。
いや、ありがとうと、ごめんなさい、かもしれない。
振り返ると、ぼくの記憶をいろどっているのは
この二色だけのような気がする。
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2012年09月04日

hagi01.jpg
もうすぐ萩の時期ですね。ぼくのおすすめは、梨木神社と常林寺かな。
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2012年09月03日

ほんのわずかな傾き

とあるドラマに出てくる君主を観ていたら、あまりにも公明正大で、自己犠牲的で驚く。
あくまでもドラマなのだけど、なにをそんなに完全無欠なひとを描こうとするのかと、
興味をもった。もっと自分を大切にしてもいいのに、と思った。

ひとはあからさまな傾きを「ひいき」と言ってきらうが、
ほんのわずかな傾きであれば、あんまりとやかく言わない。
たいていは、ほんのわずかであれば特別扱いされることを望んでいるのだ。
こういうことを言うと揚げ足を取られるかもしれないが、聖人からはほど遠いぼくは
ときどき、ぼくを、ぼくの学生を、ぼくの周囲のひとたちを、ぼくの学校を、
わずかだが、そのほかのものより特別扱いしている。
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2012年09月02日

「世のなかの役に立ちそうにないことは、してはいけないのですか?」

kinoko03.jpgあなたの問いは、以前、ぼくがあなたと同じぐらいの年齢のひとに答えようとしたことのある問いと同じだと思います。

幸い、ぼくの考えはそのときから変わっていませんから、ここにも同じ文章をもう一度、書くことにしましょう。読んでみてください。


なんでもいいからひとのためになりたい、と言うひとがいる。自分の体を使ってひとのためになろうとするひともいるし、ひとが必要とする物(モノ。目に見えないものも含む)をつくってひとのためになろうとするもいる。そういうひとたちを見ていると、こっちまでやさしい気持ちになれるし、やっぱり人間っていいなぁと思えたりする。そんなことにナンクセをつけるほど、バカじゃない。

でも。だからといって、なんの役にも立たないことだからやっちゃいけない、なんてことにはならない。自分がすごくおもしろいと思ってやっていることをふと考えてみたら世のなかの役には立ちそうにないから‥‥、なんて変に自信をなくしたり、まして、それを理由にしてやめてしまう必要なんかない。大きな目的があるのはいいことだし、目的に向かっていちばんいい手段を考えるのは大切なことだ。だけど、そういう目的と手段のつながりから外れたものだから捨てないといけない、理由づけがうまくいかないから控えなくちゃいけない、なんて思わない。

ある本にはこう書かれていた。「受験の役には立ちませんが、人生の役には必ず立ちます」。この先の受験の役に立たなくても、ひょっとすると人生の役に立たなくても‥‥要はなにか別の大いなる未来の目的のためにはからっきし役立ちそうになくても、それがいま “おもしろい” と思えるならやっていい。ただし、その結果としてあなたのまわりのひとを悲しませることがなるべく少なくてすむような工夫はいる。そういう意味で、先の見通しは必要なのだと思う。
(「中高生からの問いに」vol.2)
posted by pilz at 22:30| 京都 ☁| Comment(3) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする