2012年10月31日

ダメキノコ化を回避するために。

会議が終わってFさんがぽつりとつぶやいた。
「海水浴に行きたい、海で泳ぎたい。」
無限のスタミナをもつようにみえるFさんも疲れているのだ。
CはFさんの職人芸が屋台骨になっているところ。
Fさんが疲れてしまっては、P(pilz=ぼく)も
すっかり路頭に迷ってしまって、ダメキノコになるのである。
そこでぼくは急ぎ対策を考えることにした。

(1)Fさんにそっと石垣島行きのチケットを渡して、泳いできてもらう。
(2)Cの業務に10q走を入れる。
(3)Cのセンターに甘いものを置く。
(ぼくはチョコレートの泉?みたいなのがいいなぁ。
ちなみに、バウムクーヘンを置いておくとFG長も来られる。)
(4)ガンバ大阪を呼んで、Cの前で試合をしてもらう。
(ちなみに、I先生とP先生も観に来る。)
(5)P(ぼく。ややこしいぞ!)が大路小路で
疲れを癒やすような記事を書く。
(すいません、むりです。)
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2012年10月30日

「そこにハタケシメジが生えているから。」

kinoko05.jpg「なぜこんな入試時期に、睡眠時間を削ってまでキノコ狩りに行くのか?」と聞かれても、「そこにハタケシメジが生えているから」としか答えようがない。

(あまりにもマニアックすぎると判断し、画像を小さくしました。)


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2012年10月29日

「世界は名著である。」(by ぴるつ)

卒業生たちと飲んでいるときに、国語の教科書でよかったと思う作品を
恩師に教えるようにと迫ったら、「空中ブランコ乗りのきき」がいいという。
単行本になっていないらしいのでネット上で探して読んだら、なるほど、おもしろい。
短いストーリーなのに、よい映画のあとに流れるスタッフロールを観るときのように、
容易にはこちらの思考を整理させない粘度の高い抵抗力が働いて、
読んだあとにしばらく余韻が残る。名作だなぁと思う。

ひとつの明確な解釈も許さないものは、たんなる曖昧か暴力にすぎない。
ぼくが名作だ、名著だと思い込むのは、明確な解釈をいくつも許すもの。
その汲み尽くせない無尽蔵さが、名作であり、名著たるゆえんなのだ。
そういう意味で、ぼくにとってじぶんの身のまわりは名著だらけ、
世界は名著である、と言ってよい。
posted by pilz at 21:27| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月28日

鍋の季節

kyoto.jpg朝夕が冷え込んで、日が暮れるのが早くなった。周りが早く暗くなってしまうと、行き場のなくなった意識がどうしても内へ内へと切り込んでいってしまう。

誰しも後ろめたさや、割り切れない気持ちをもたないわけがないだろうから、意識を内に向けることの秀才たちの集うわが現場では、なにかとむずかしいことが起こりがちになる。

こういうときに、「鍋をしよう」などと相談しているのに出くわすと、ほっとする。
「ひとり鍋」という言葉も聞かれるようになったが、
もともと鍋はひととひとが集まって、つっつき合って楽しむもの。
ひと恋しい時期になって「そろそろ鍋でもしたい」と考えはじめるのは、
体を温めたいばかりではないだろう。
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2012年10月27日

不出来

昨日は科学研究費申請の学内締め切り日だった。
すったもんだのあげく出すには出したが、納得できるものにはならなかった。
不養生から網膜を痛めてしまい、文字のチェックができなくなったことが誤算だった。
ぼくの右目は極端に視力が低く、いつも左目に頼っていたのだが、今回はその
頼りの左目がダメになった。いまも画面に見える文字は二重になっている。

ぼくが科研に応募するつもりであることが知れたときから、
目立たぬようにぼくをサポートしようとする体制(大げさかな)が
学内の何カ所で敷かれたことには気づいていた。
やっぱり、ありがとうとごめんなさい、になってしまうな。
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2012年10月26日

じぶん思い

kitutuki.jpg
半年が過ぎて、すっかり学生との距離が遠くなってしまったと感じる。
彼らがなにを考えているのか、わからなくなってきてしまった。

いや、ほんとのことを言えば、わかったことなど一度もないのだろうけど、
「わかっている」とカンチガイすることさえできなくなってしまった。
じぶんにウソがつけなくなってきたのだ。ぼくはじぶん思いの教師、
T局に入っていちばんこたえているのは、学生ではなく、ぼくだろう。
posted by pilz at 22:57| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

センス皆無

「美しいとはどういうことか?」と聞かれて、困る。
苦手な問いなのだ。あいにく、美感とか審美眼とかいうものはもちあわせていない。
アートとか芸術とか人間の表面の美醜とかについては、まじめに考えたこともない。
自然は好きだが、花の美しさでもさえ、わかっているかどうか、あやしい。
なんせ、T局の入り口に置いてある蘭が造花とわかるまでに半年かかったほどなのだ。
なんと長く咲き続ける蘭もあるものだ、と感心していた。
posted by pilz at 23:06| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

カワムラフウセンタケ

kinoko04.jpg
キノコ狩りに行きたいな、イカ釣りに行きたいな、奈良を歩きたいな、
海に行きたいな、と思っているうちに秋が深まっていく。
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2012年10月23日

地面

あちこちから質問、問い合わせがくるが、いくつかは
すぐには答えることができず、受信フォルダに放置してしまっている。
真摯な問いかけや願いに応えようとすること、その声に耳を澄まそうとすることが
責任だとすれば、無責任きわまりない状態ということになる。

あるとき学生が「責任は地面のようなもので、それをじぶんで負おう
とすることなしに安心して歩くことはできないと思います」と言っていた。
なぜそんなことがきっぱり言えるのかと、まじまじその顔を見た。
posted by pilz at 22:39| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

音楽

エネルギーが足りなくなってきたので、エネルギー補給用音楽の力を借りる。
イヤホンを使っていると、見事に誰も話しかけてこない。
いやそうじゃないだろう。イヤホンを使っているからではなくて、
くたびれた顔をしているから誰も話しかけてこないのだ。
その配慮に応えて、ぼくからも話しかけない。

A先生とYさん(ゼミの先輩)が一瞬、ドアの隙間からこちらを覗いたことがあったが、
用件を言うでもなく、ふたりで苦笑いをして去って行った。
なんの用件だったのだろう‥‥
今日もカメ吉は動かない。
posted by pilz at 21:56| 京都 ☀| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月21日

Staff Report

10月のオープンキャンパスのStaff Reportがアップされていた。
S部のGたちが頑張っていたので、しかたない、載っけておいてやろう。
今後も、「参加者の声」を寄せて欲しい。

HPの体裁も、このページからリニューアルして見やすくなっているので、
ごらんください。(あ〜身を切ってしまった‥‥)
posted by pilz at 19:03| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欠如語データベース

tree01.jpg
パソコンを整理していたら、昔つくったデータベースが出てきた。
これに検索をかけて、とある哲学者の考え方を分析していたのだ。
どんな言葉を検索にかけたのかも、記録に残っている。
何万という用語例のある言葉が検索にかけてあって、
よくこんなものをひとつひとつ確認していったな‥‥と、
いつものように自我自賛しながら現実逃避している。

でも、データベースには、哲学者が使わなかった言葉は載っていない。
嫌悪して使わなかった言葉、使いたくても使えなかった言葉は、
一字も記録されていない。

彼は大言壮語によって大切なものが損なわれることをきらったひと。
晩年には、ときの宗教権力から思想統制を受けたひとでもあった。
あぁ “欠如語のデータベース” もつくっておけばよかったな。
そうすれば、もっとカントを理解できたろうに。
posted by pilz at 18:18| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

デアデスデムデン

二日ぶりにひげを剃る。
昨日も学校へ行っていたのになぜ二日ぶりかって?
それは昨日、剃るのを忘れていたからなのだ。

昨日は無精ひげにもかかわらず人前で話してしまったが、
まぁいい、きっと気づかれていないし、気づかれていても、きっとなんとかなるだろう。
部署のひとたちも「いつもあのひとはあんなぐらいだ」と思ってくれれば、
あとあと生じそうな失態からの責任回避もスムーズにいくというものだ。

それにしても、これまでも寝とぼけて服装にかんする失敗を数々しでかしてきた。
いちばんあ〜あ〜と思ったのは、パジャマのずぼんの上にスラックスをはいて
学校へ来たときのこと。あのころ、ぼくはまだ20代の活きのよいドイツ語講師で、
どこかの白熱教師のような具合で、けっこう活発に動きまわったりしながら
教壇に立っていた。ちゃんと毎日ネクタイも締めていたのだ!
だが、スラックスの下から水色のパジャマがベロ〜んと出ていて、
ぼくが歩き回りながら「デアデスデムテン」とか言うたびに、
かの地の学生たちはくすくす笑っておった。
あぁなつかしい、なつかしい。
posted by pilz at 07:44| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

短気

短気を起こしてもなにひとつよいことがないのを知っているはずなのに、
ときどき瞬間的にイラっときて、それがそのまま口をついて出てきてしまう。
こういうのがアンガー・マネジメントができていない状態なのだろうかと思う。

とはいっても、なにかを守るために怒らないといけないようなときもあるし、
聖人君子ではないのだから、そういつもいつも我慢ばかりもしていられない。
「口に出てしまう」のではなく、「口に出す」ということにすればいいのか。
posted by pilz at 23:50| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月18日

鼎談

学内にはJという学内誌があって、そこには、
例の悪だくみコンビの策略にまんまとはまったぼく(ともう二人と)の
鼎談(ていだん)記事が載ってしまっている。
「恥ずかしいから5年間ぐらいは見ないよ」とHさんには言っていたが、
学生たちに配るということもあって、目をとおすことにした。

読んで、(゚Д゚)!!となる。「自由に編集して」とは言っておいたが、
これを読んでしまったら、ぼくが立派なひとであるかのように
カンチガイしてしまうではないか!とくに最後の締めの言葉なんか、
あと二回生まれ変わってもぼくには言えまい、と思わせるほど練った表現であった。
事務は忙しい。こうやって教員もつくらねばならないのだ。
posted by pilz at 22:35| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月17日

10月末

10月の末になると、どの大学でも教員たちは科研費申請に全精力を注ぎ込む。
困ったことにこのころは入試シーズンでもあり、このふたつで、
ぼくの場合、二週間ほどは生きているのか死んでいるのかわからないような状態になる。
最寄りのバス停から自宅までの400メートルを蛇行して歩くじぶんがいる。
部署の仕事はほとんどできず、申し訳ないと言いながら、そっと脇に寄せる。
posted by pilz at 23:43| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月16日

死生学

「死生学」の授業のときに本の名前を思い出せなくて困っていたら、
授業が終わってから、学生が教えてくれた。
そう。こうの史代『夕凪の街 桜の国』

「あれすごくおもしろいですよね。
でも怖い本ですよね。」

そう。さすが大谷の学生。
おすすめ本のレビューなんかも書けたらいいのだけど、
ちょっとむずかしいな‥‥
posted by pilz at 21:38| 京都 ☁| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

ホトトギス

hototo01.jpg
庭のホトトギス(ユリ科の植物)に5つのサナギがぶらさがっていた。
こんな涼しいのに羽化するのかなと少し心配していた。

昨日、庭を見ていたら、ルリタテハが舞っている。羽化したのだ。
ホトトギスを育ててきたのは君が来るのを知っていたから。
去って行こうとするので、ひとことあいさつぐらいしてもバチは当たらないのに、
と思っていたら、こちらに戻ってきて、目の前で「の」の字を描いた。
posted by pilz at 23:19| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月14日

facebookという謎

どうもfacebookがわからんのである。
いちおうブログの設定をいじってあるので、「大路小路」のぼくの記事は
自動的にfacebook上にアップされるようになっているのだが、それだけ。
それをいつもG君が共有みたいなことをしてくれているらしく、
そっからのつながり読んでくれているひとがいるらしい。
わからんもんだから、「らしい」ばかり。

ときどきfacebookを開けてみると、仕組みはわからないが、
NさんとN君(ややこしい?)の記事がぶわっと上がってきて、(゚Д゚)!!
これはいったいぜんたいどういうことなのだ、
なぜここまで有意義にウィークエンドを過ごせるのか、となる。
が、なぜか、せっせと共有みたいなことをしているG君の記事は見たことがない。
よって、ウィークエンドのG君のことはわからない。

ごくまれに記事にコメントみたいなものをしてみようとすることもある。
が、コメントの改行をしようとすると、(゚Д゚)!!
改行ができずにそのままアップされてしまって、
まだ言葉を尽くしておりませぬ、無念‥‥となってしまって
怖いので書くのをやめてしまう。

ときどき、「友だちになってくださいな」みたいな、
なにかよくわからないメッセージらしきものも届く。
どこかの大学の先生みたいなひとばかりなのだが、
ぜんぜん知らないひとで、自己紹介もないので、そのままにしておく。
ぼくはfacebookの趣旨を理解していないのかもしれない。
posted by pilz at 21:27| 京都 ☔| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

天と地

「●●さんって、ペシミストなんですね。」
不意をつかれて、なにも返すことができなかった。
会議で「楽観的にはものをみない」と言ったことを受けての発言だろう
とわかったのは、そのひとが去ったあとのことだった。

ぼくは“自我自賛”をこよなく愛しているが、自己弁護は好きではない。
だが、そんなふうに感じているひとがほかにもいるかもしれないなら、
はっきりさせておいたほうがよいのかもしれない。

ぼくは最悪の状況をシミュレートすることからはじめる。
その状況を一本の底辺の線として引くことからはじめる。
もっとも弱いところを見つけることからはじめる。
その箇所を修正することからはじめる。

弱いところを見つけようとするのは、そこを修正しながら前に進むためだ。
一本の線を引くのは、そのうえに未来を積み上げるためだ。
ぼくはまったくもって楽観的ではないが、「楽観的ではないこと」と
「ペシミスト(悲観主義者)であること」とは、天と地ほどもちがう。
posted by pilz at 21:30| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

眼差し

広島の高校で授業。高校では数えられないぐらい授業をしてきたが、
高校によってちがう授業環境があって、いつもいろいろ考えさせられる。
当たり前のはずなのだが、高校の授業ではマイクをつかわないことを忘れていて、
しかも風どおしをよくするために窓や扉をすべて開けている教室だったので、
マイクをつかう大学とはちがったタイプの声がひつようで、
50分の授業2時間で声が枯れてしまう。

危ないかなと思っていたパワーポイントも、窓にカーテンがなくて、
暗くすることができず、スクリーンもなくて、ほとんど役に立たなかった。
当然ながら、こういう可能性もあるものと、準備していかねばならない。

とはいうものの、肝心の高校生たちはどうかというと、
一生懸命授業を聞いて考えていて、こちらも一生懸命にならざるをえなかった。
ぼくがいったい誰なのか? ぼくがいま言おうとしていることはなにか?
ぼくがもっているが、いまははっきりとは説明しないでいるものはなんなのか?
――それを射ようとする眼差しがあれば、どんな遠いところでも
行ってよかった、と思うことはできる。
posted by pilz at 17:58| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月11日

大学の薫り

「キンモクセイ、どこに咲いてるんやろか?」
「においはするけど、わからへんなぁ。」

6月には正門のそばでボダイジュが香りをただよわせていたが、
この時期の北門辺りではキンモクセイの香りがしている。
たしか『金閣寺』で三島は大谷大学のボダイジュのことを書いていたが、
それがいまも正門脇にあるボダイジュのことなのか、わからない。

大学が伝統をもつというのは、なにかを明らかにしてきた歴史をもつということ
であるとともに、明らかにできない、どこにあるともわからないもの
の体験を積み重ねてきた歴史をもつということでもある。その歴史が、
どこからともなく漂う大学の薫りになるのではないかと、かってに考えている。
見た目に麗しい、光輝くものを求めるひとが多いにしても、
どこにあるとは見えぬ気配を求めるひとはたしかにいる。
posted by pilz at 18:35| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

ハイシーズン

前方にYさんを発見し、話しかける。
「ねむいです〜」などと言っておる、同感。
Cはいよいよハイシーズンなのだ。

ぼくは昨日、大切な会議で最初から最後まで爆睡しておったような男。
けっして漢(おとこ)ではない。ちなみに、ぼくの部署には
まさしく「漢」的なひとがひとりいると思っているのだが、
それが誰かなんて、口が裂けても言えない。
コソコソ|_-;))))
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2012年10月09日

内と外

mado01.jpg
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2012年10月08日

100年

leaf01.jpg私事ではあるが、今日で祖母が生まれてから100年になる。

祖母は頼みごとをしないひとだった。ひとに頼むぐらいなら、自分でなんとかしようとするひとだった。そして愛情に深いひとだった。いつもぼくのことを気にかけて、心配していた。


ひとに頼みごとをしない祖母だったが、たったひとつ、くりかえしぼくに頼んだことがある。
「(自分が死んだ後も)おじいさんの墓参りに行っちゃって(行ってあげて)」ということだった。
けっきょく、自分のことはなにひとつ頼んでいないのである。

秋の彼岸には墓参りに行くことができなかった。
「いやぁ、いつ来るかいつ来るかと、せんど(ながいあいだ)待ったわ。」
行けば、きっと祖母はそういうだろう。
posted by pilz at 20:27| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

「対話するとはどういうことですか?」

dia01.jpg4月からこの仕事をはじめて、たくさんのオープンキャンパスに参加するようになりました。

それはいいのですが、不特定多数のひとたちを相手にする大学説明とか自称 “名講義” の小論文対策講義とかばかりをするようになって、高校生たちとの対話の時間がもの足りなくて、ちょっと不満なのです。

「今日はどこから来たの?」
「せんせいは、どんな授業をしているのですか?」

対話は、相手がどんなひとか、じぶんとどんなふうにちがうひとなのかを
知ろうとすることからはじまります。どうちがうかを知ろうとしたうえで、
同じテーマについて話し合おうとするのが対話(ディアローグ/ダイアローグ)です。
だから、相手を知ろうとするつもりのないひとは、10年でも20年でも
ひとりごと(モノローグ)を話し続けることになりますね。
(「中高生からの問いに」vol.3)
posted by pilz at 22:54| 京都 ☁| Comment(0) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月06日

今日はオープンキャンパス

今日はオープンキャンパスなのですじゃ。
おこしやす、なのですじゃ。

教育・心理学科の今年教員採用試験に合格したひとたちの話とかもよいだろうけど、
ぼくの真のねらいは来場者プレゼントの修正テープ。
そして、Y先生の個研を秘かに高校生たちに紛れて訪問し、冷やかすことなのだ。
それにしても、あそこまでやるとはY先生も予測していなかったろうな‥‥
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2012年10月05日

「フェンタ」

昨日の写真に写った●●●●●●を読んでもらおうと、隣人先生に聞いてみる。
「フェンタ」みたいな発音で、タイ語が表音文字になっているらしい。
タイ語の文字が表記できないけど、つぎのような具合らしい。

●● ●  ●  ● ●
ae  f  n  t aa

おもしろいのは、最初の「フェ」の発音の母音と子音の順番が
子音母音ではなくて、母音子音の順番になっていること。
聞くところによると、いろんな子音と母音の位置関係があるらしく、
異次元の外国語講座を聞くようで、楽しい。

気づいたら、タイ語講義をしている隣人先生の背後で、
長方形になっていた書架がまた平行四辺形になっている。
そういえば、隣人先生がタイにいるあいだ、書架は平行四辺形であった。
隣人先生がタイにかかわると平行四辺形になるんやろか、あの書架。
posted by pilz at 23:25| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

ファンタ

fanta.jpg学生が飲んでいたファンタ。中には青い液体が入っておった。「青い液体」と書くと、なぜか毒々しく感じる。







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2012年10月03日

ここにも、ひとり。

明日は学生たちを連れてタイ料理を食べにいくのだ。
店はいくつかあるお気に入りのタイ料理店から、
今回はちょっと現地の屋台風のつくりにした店、Pにする。

メンバーはぼくのゼミと、一部、P先生のゼミから参加。
ひそかにぼくが呼んでいるP先生のニックネームと、
店の名前のPが同じで、じつにぼくの頭のなかでは、ややこしい。

昨日、教員採用試験の結果をメールしてもらった学生のことについて、
ぼくはまだ知らないだろうと、聞けば喜ぶだろうと、
P先生がわざわざ当局まで、いそいで伝えに来てくださる。
ここにも親切なひとが、ひとり。
posted by pilz at 22:02| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする