2013年03月31日

交差点

machikado.jpg
今日で今年度も終わり。週末は多くの方と別れを告げた。
最後の交差点の前で、授業を受けたことがあると告げられ、
なぜもう少し早く伝えてくれなかったのか‥‥と身をよじったが、
きっと、そのタイミングでちょうどよかったのだ。

傍らのひとが「やっぱり教師っていい仕事ですね」と言う。
たしかに、身に余る仕事なのだとしみじみ思いながら、
京都の街を歩いていた。そしてもうひとつ、
名状しがたい後ろめたさも感じながら。

さぁ明日は入学式。たくさんの1年生を迎える。
久しぶりに、満開の入学式になりそうだ。
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2013年03月30日

遠景

souya01.jpg
遠くに見えるのは宗谷岬。
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2013年03月29日

お猪口の生き方

「4月からあっというまに白髪が増えましたね。」
じっさいにはきっかり4月から増えたわけではなく、
必然の掟にしたがってじょじょに老化しているだけなのだが、
そのひとには、そんな風に見えているのだ。
ありがたいと思いつつ、ちょっとふくざつな気分にもなる。

ぼくには昔から、ひとの同情をひく、という性質がある。
ほかのひとたちとまったく同じことをしても、
いつも、誰よりもいろんな手助けをしてもらえることになる。
いっときはなんでかなぁ?と思っていたのだが、
あとになってわかった。誰しも、多かれ少なかれ、
弱いもの、小さなものに力を貸そうとする性質がある。
きっとその性質をつんつん刺激するのだ。

もともとお猪口(ちょこ)のような器量しか持ち合わせないから、
なにごとをするにも目一杯、いや、器からぽたぽたあふれてしまう。
おなじ量の水を運ぶにしても、大きな杯(さかずき)とはちがって、
めまぐるしく、つぎつぎつがざるをえない。
つぎつぎついでいるからといって、お猪口からすれば、
小さなスズメがちょこちょこ歩きしかできないように、
当たり前のことをしている(そうしかできない)だけで、
とくべつに大変だとかそういうこともないのだが、
そのさまが、杯から見たら、つんつんになるのだろう。
よくよく考えてみると、ぼくが大学に残ったのも、
この “つんつん性” が理由なのかもしれない。

「そこそこの年齢であれば周囲に弱みを見せるな」なんて、
立派なことを言う杯的なひともいるもいるのかもしれないが、
ぼくじしんはそんな聖人君子的な生き方に興味はない。
ひとにはいろんな生き方がある。若いひとには、ぼくのような、
身の丈に合った生きるための術を身につけて欲しいと思う。
posted by pilz at 08:00| 京都 🌁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

T(R)→F→S

今日は一日限りでFさんの隣で仕事をする。
当たり前だけど、FさんにはFさんの仕事の仕方があるようで、
いつもの隣人先生とはまたちがっておもしろかった。
仕事の仕方はひとへの対応の仕方に現れるのだ。

明日はSさんの隣で仕事をすることになるかもしれない。
カメ吉には悪いが、いろんな変化があった方が、
学ぶことは多いのだろう。

生きていると、しばしば、周囲からの影響によって
環境を変えざるをえないようなことがあるけど、そういうのは、
これまで例外なく、新しいことを身につけるよい機会になった。
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2013年03月27日

「やさしくしてもらったのに、返せそうにありません。」

suzume02.jpgぼくもたくさんのひとにやさしくしてもらいました。でも、「恩返しできているの?」と真顔で聞かれれば、「すいません」としか答えることができません。

だから、ぼくはなにごとかを言えた筋合いでもないのですが、ひとつ、ささやかながら、心がけていることはあります。やさしくしてもらった事実を伝えるということです。

あなたと同じように、ぼくにやさしくしてくださった方にも、
もうこの世にいないひとがたくさんおられるわけですから、
そのひとたちに直接お返しできることはないのですが、
そういうひと(存命の方も含めて)がしてくれたことを
できるだけ多くのひとに伝えるよう心がけているのです。

そういうひとたちのことを個研で学生に話し、
ブログで記事にするようにしています。
ひとは往々にして、自慢話よりも、“他人を自慢する話”
を聞きたがるものです。それは、後者が
二重の意味で人間の可能性を示すものだからです。

やさしくしてもらった話を聞いたひとは、
じぶんもいつかひとにやさしくしたいと思うでしょう。

知っているひとに、友だちに、こんなやさしいひとがいた。
それを、あなたも、世界の隅々まで伝えてください。
それもまた、やさしさに報いることではないのでしょうか。
(「中高生からの問いに」vol.6)
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2013年03月26日

忘却処分

T局の廊下に「焼却処分」と書いた段ボール箱が出ていて、
それを見たA先生は、「忘却処分」の段ボール箱が欲しいと言っておった。
ぼくはその話に激しく共感して、忘却処分の箱が欲しくなったのだけど、
きっと、もう見たくもない、忘れてしまいたいものをその箱に入れ続けていると、
いずれ、それを入れているぼくじしんの色が薄くなっていって、
いつかすっかり消えてしまうのだろう。
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2013年03月25日

引っ越し前日

明朝が引っ越しとなった。最後の作業をしていると、
ノックの音が聞こえて、卒業生が顔を出した。
もう引っ越したかと思っていたが、来てみたのだという。
卒業生は写真を撮っている。

別の場所に移動しても相変わらず個研は個研だし、
以前と変わりない営みが別の学生とのあいだで行われるわけだけど、
彼にとっては、ここ、この場所だけがかつて学んだ個研なのだ。
間に合ってよかったと思う。
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2013年03月24日

サポート

今日はオープンキャンパスの日であり、引っ越しの荷造りの日でもあった。オープンキャンパスでは在学生に手伝ってもらい、引っ越しでは卒業生に手伝ってもらう。教師はあの手この手で学生のサポートをしようとするものだが、同時に、学生にサポートしてもらわねば大方のことはできない。
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2013年03月23日

突然の別れ(その二)

昨日の続き。「致命的な問題」について。
それは、カメ吉のことなのである。
いまも動く気配のない彼なのだけど、
ぼくはカメ吉を頭上にあおぎながら、
1年間、日々の仕事をしてきた。

あまりに暖房をつけすぎて、真冬に冬眠?
から醒めてしまったらどうしよう、春に動き出したら、
どうやって部屋から出そう。あれこれ心配しながら
いっしょにやってきたのである。

ぼくは人間の世話は途中で投げ出すようなひとなのだが、
カメ吉のことぐらい、最後まで見届けたかったのである。
返す返すも残念なのである。といっても、
隣の隣の部屋に移動するだけなのだけどね。

こうやってカメ吉とは距離を置くことになるのだけど、
明日は今年1回目のオープンキャンパス
たくさんの高校生たちと会えたらいいな。
ごめん、雨が降ったらぼくのせいだ。
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2013年03月22日

突然の別れ(その一)

ひじょうに困ったことが起きてしまった。
個研の引っ越し作業をたらたらとしていたのだが、
T局の部屋も引っ越さねばならないことがわかった。

この部屋を引っ越すことじたいはたいした作業ではないが、
いまの部屋でぼくは院生時代の懐かしい第二研究室的な
牧歌的空間をつくって、忙しいながらにくつろいでいたのが、
それができなくなってしまう。

これまでは、Mさんといっしょに、
隣人先生のデスクになめこ人形をかってに置いておいて、
日によって立ち上がらせたり、横にならせたりして、
“隣人デスクなめこ人形遊び” をしてくすくす笑っていたのだが、
それももう、できなくなってしまうのだ。

そもそも、引っ越せば、隣人先生は「隣人」ではなくなってしまう。
たんに“向こうの方にいる先生” になってしまうのである。
しかたないので、ぼくは今後、隣人先生を、
象徴的な意味での隣人先生とすることにした。

隣人先生の件は、この象徴化によってクリアできるとしても、
じつは、もうひとつ、致命的(がびーん)とでも
表現せざるをえない問題があるのだ。
(続く)
posted by pilz at 07:38| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

momo.jpg
学校のソメイヨシノを見たら、ちらほら、ほころびはじめていた。
学校のものも含めて桜は何百回となく撮っているが、
一枚もまともに撮れたためしがない。なぜだろうか。
(写真は桜ではありません。念のため。)
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2013年03月20日

積年の願い

renge.jpg
菜の花のおひたしを食べる。ほろ苦くて美味しい。
菜の花は好きなのでこの時期には何回か食べる。
いつから好きになったのだろうか。

せんじつ、「ぎんなんもち」というものを食べた。
K長によると、同窓の方のお土産らしい。
ぎんなんのような色がついている。
苦さがあるかどうかはいまひとつわからなかったが、
とても美味しい餅で、いちどでファンになった。

幼いころ、部屋には対流式のストーブが置いてあって、
そのうえで母がときどき “ぎんなん” を焼いていた。
「美味しいから」とくれるのだが、小さなぼくは、
その実のなにが美味しいのか、わからなかった。

その後、ぼくはぎんなんがすっかり好きになったが、
思えば、祖母や母が幼いころに食べるように求めたもので、
きらいだったものは、その後、ことごとく好物になった。
おはぎにしても、鯖寿司にしても‥‥

ぼくの場合、なにかを好きになるということは、
ぼくの幸せを願うひとの思いを、
ぼくもまたいつか受け入れたいと願い、
たとえすぐにではなくて時間がかかったとしても、
受け入れることができた、ということなのだ。
じぶんひとりだけでなにかを大好物になるなんて、
ぼくにはできそうにない。

母の苦手だった鶏肉だけは好きになれないけど、
それは、母が望んでいなかったことだからなのだろう。
きっと、そうですよね?
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2013年03月19日

幻のキノコ狩り

kinoko08.jpg
明日はCの若手たちといっしょに春のキノコ狩りに
行こうかと思っていたのだが、あまりにも天気が微妙で、
断念となった。雨のなかみんなで行って、風邪ひいて、
Cの仕事が動かなくなったら困るもん。

Yさん(二次元氏ではない)にも言っていたのだが、
昨日雨が降ったので、きっと明日はたくさん出ているだろう。
くやしいので、きっとこんな感じで生えているだろうという
写真だけを載せておきます。

なになに?こんな気持ちの悪いものなら
行かないでよかったって?
う〜ん、その気持ちはわからないでもない。
posted by pilz at 23:10| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

焼け石に水を撒こうではないか。

「そんなことをしても焼け石に水だ」などと言っている。
昔から「焼け石に水」という言葉がしっくりこない。

「焼け石に水」というのは、焼け石に少しばかりの水を
かけても蒸発するばかりで効力ない、という意味らしい。
だが、だいたい、焼け石をなんとか取り扱えるようにするには、
わずかであろうとも、水を撒くことからしかはじめようがない。
この意味では、「焼け石に水」は、ともかく最初のステップとして
そこからはじめざるをえないことの意味なのだ。

それに、そもそも「焼け石に水」という言葉じたいには、
水が少量であるという意味は含まれていない。
焼け石にかける水が少量であっても、大量であっても、
変わらず、「焼け石に水」なのである。

だから、たくさんのひとが力を合わせたりして、
みんなで焼け石に大量の水をどばっとかけて冷せたりしたら、
そのとき、最初のステップはそのまま最終的なステップ
でもあることになる。この意味では、「焼け石に水」は、
問題解決のために決定的なことを意味している。

「焼け石には水」。
さぁ、明日もせっせと水を撒くことにしよう。
posted by pilz at 23:14| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月17日

無題

inu01.jpg
とくべつの意味はない。
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2013年03月16日

川魚店

北大路駅前に川魚店があった。
毎日、店主が朝早くから小魚を煮たり、魚を焼いたり、
忙しく働いておられる姿を毎朝、見ていた。

一度、鰻の蒲焼きを買ってみたいと思っていたが、
あれよあれよいうまに高価になって、買えないままに、
先月の末に、とうとう店じまいしてしまわれた。
シャッターには、40年一筋でやってきたが、
鰻の高騰と店主の体力低下により、閉店やむなくに至った
‥‥という張り紙がしてあった。

卒業式の日の朝、シャッターが少し開いていたので
?と思いながら店の前をすぎようとしたら、少し離れたところから、
見覚えのある店主が店の様子をじっと見ておられた。
お別れをしておられるのだろう‥‥と思った。

正門をくぐれば、大学は花が咲いたようだった。
卒業の日を迎えて感涙にむせぶひともいれば、
同じ年に入学しながら、大学を去って行ったひともいた。
「大学はさびしいところ」。そのうちのひとりの言葉だ。
失敗も抱えながら、つぎの1年を過ごさねばならない。
posted by pilz at 22:40| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

エネルギー補給日

sotsugyo3.jpg
今日は卒業式。「この大学に来てよかった。」
この一言で、また1年間、大学のために尽くすことができるのだ。
(あ〜、いいことを書いてしまった。あ〜)
posted by pilz at 22:29| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月14日

カクレガニ

papa.jpg
アサリからカクレガニ(隠れ蟹)が出ている。
アサリといっしょに味噌汁にする気にもなれず、
塩水を張ったボールに入れておいた。
隠れるさきのアサリを探しているのか、
手足を盛んに動かしている。

できあがった味噌汁を見ると、
べつのカクレガニが赤くゆだっている。
捨てるわけにもいかないので、
アサリといっしょに食べる。

アサリは美味しく食べるが、
アサリからはぐれたカニには情けをかけるのである。
ゆだったカニは食べるが、
ボールで泳いでいるカニは食べられないのである。

ずいぶん身勝手なことだが、
大方身勝手で出来ているようなものだから、
これでしかたないかと思う。
posted by pilz at 23:21| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

クラッカー

party.jpg
明後日はいよいよ卒業式。哲学科では
卒業証書授与のあとに、卒業論文優秀賞の表彰がある。
がんばったひとが報われるさまをみるのは、うれしい。
posted by pilz at 23:35| 京都 ☔| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

明治のミルクチョコレートが大好きです。

昔から金の延べ板が好きなのである。
小さなころから我が家にはいつも延べ板が2、3枚あって‥‥
なんてことはないので、昔から好きだといっても、
もちろん、一度も所有したことはない。

指輪とか装飾品にはまったくもって興味がない。
なので金で細工したようなものにも興味がないが、
金の延べ板だけが欲しいのである。

ぼくは長く、なぜぼくが金の延べ板が欲しいのかわからなかったが、
さっき冷蔵庫を開けて、その理由がわかったような気がする。
ぼくは明治のミルクチョコレートが好きなのである。
そうなのである。およそ、ああいう形のものならたいがい好きなのである。

ためしに、明治のミルクチョコレートの形をした鉛の延べ板を
プレゼントされたら喜ぶだろうかと想像してみたら、
うれしくて、にやけてしまった。
posted by pilz at 23:21| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

3月11日

最寄りのバス停で降りると、今日は星空が美しい。
ここは山里だから京都市内とはちがってそれなりに星空が美しいのだが、
これほどまでに星の色が際立って見えることは年に数回しかない。
ベテルギウスが赤く、シリウスは青白く輝いている。
考えてみれば、今日は3月11日なのだ。日本中で、
どれだけのひとがこの星空を見上げているのだろうか。
posted by pilz at 23:16| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

「つながるゼミナール」のお知らせ

二次元氏の策略に引っかかり、オープンキャンパスで
体験型イベントをすることになってしまう。

題して、
「体験!つながるゼミナール〈絵本から学ぶ〉」

全4回連続シリーズなのだけど、1回目は、
3月24日(日)の12時50分〜13時30分(1204教室だったかな)。
第1回目は、シルヴァスタインの『大きな木』を読むのだ。

(以下は2回目以降。
 第2回:新美南吉『手袋を買いに』
 第3回:佐野洋子『100万回生きたねこ』
 第4回:斎藤隆介『もちもちの木』)

たんにぼくが読んで聞かせるというのではなく、
みんなに参加してもらおうというワークショップ。
参加者どうしが知り合いになれるように‥‥というのが味噌。
大学でやっている「ゼミナール」のミニチュア版なのだ。

ほかのイベントと重なっているので、
あんまり参加者は多くないだろうけど((。-_-。)ウウッ)
ぼくの卒業生が遊びに来ると言っておった。
posted by pilz at 08:51| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

レジュメ

引っ越し作業をはじめる。家の引っ越しでもあるまいし
サクッと終わるのかと思っていたが、甘かった。

本や資料を見ればじぶんの研究の移りゆきがわかる。
それなりになにかをやろうとした痕跡が残っているが、
進まないままになっている。もう戻らないと思える研究については、
資料を思い切る。後ろ髪を引かれつつ複写を捨てる。

学生たちとの関係のヒストリーも残っている。
しばし読みふけって、また作業が遅れる。
このレジュメを残しておくとイヤがるだろうな‥‥
指導教授の引っ越しのときに、じぶんが学生時代につくった
レジュメを見つけたことを思い出した。
そのころのぼくはいま以上にひねくれていて、
なんでレジュメなんてつくらなアカンねんと思っていたから、
それはそれはひどい出来だった。

そんなことを考えていたら腰が痛くなってきた。
あぁもう、結石の発作なのである。
早々に作業から退却。
posted by pilz at 22:52| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

耳に余る迷惑行為

「ヘッドフォンステレオをお聴きになるときは、まわりの迷惑にならないように音量にお気をつけください」。「車内で迷惑行為をお受けになったときは車掌にお知らせください」。耳が痛くなる大音量の車内放送が流れ続けて、子どもが耳を覆っている。あれこれの公共道徳を説明してくれたり、はては特選ハイキングの案内までしてくれるものだから、うるさくてかなわない。ぼくが通勤で使っている電車では頻繁にこういうことがある。いつか改まるかと思っているが、なにも変わらない。放送にしたがえば、「迷惑行為をしているのは君だ」と車掌に知らせることができるはずなのだが、そうした通報をするためのシステムもない。システムどうこうをいう以前に、じぶんをが話していることばの意味を理解しているのなら、じぶんはどうなのか?と考えることもできるだろうに。
posted by pilz at 23:13| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月07日

光陰

sky.jpg
矢のような早さで時間が過ぎていく。
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2013年03月06日

先生が怖い

どの学生相手とでも、それなりの関係をきづければいいし、
そのようなものをきづく必要があるのだろうが、
じっさいには、なかなかそうもいかない。

いつまでたってもぎくしゃくした関係のままで、
何年たっても1ミリたりと精神的距離が縮まらない学生など、
山ほどいる。いくつかパターンがあるが、代表的なのは、
ぼくを怖がってしまっている学生。

この手の学生は、いかに甘い言葉をかけようと、
いかに美味しいものを食べさせようと、びくともしない。
表面では笑っていても、見かけはフレンドリーでも、
心中ではいつもぶるぶる震えている。
こういう学生であるかどうは1秒で判定できる
便利な方法があるのだが、仕事にさしつかえるので書かない。

ともかくいえることは、そういう “ぶるぶる学生” は、
ぼくが怖くて震えているのではない。そうではなくて、
じぶんのうしろめたさが露見するのを怖がっているのだ。
いってみれば、じぶんを認めていないのである。

そしてもっとも恐るべき学生は、
そういう認められないじぶんであるからこそ、
ぼくをけしかけて、ぼくに叱らせることによって、
罰を受けとることでじぶんの罪を償おうとする学生。
そう、ぼくはていのよい自傷の手段なのである。

叱ることにはエネルギーがいるから、
こういう学生がひとりでもいると疲れ果てる。

ちなみに、なぜこんなことが書けるのかというと、
じぶんにも心当たりがあるからだ。
それにしても、あの先生は怖かった。
posted by pilz at 23:38| 京都 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月05日

万能コイン

財布に五百円玉が入っていると安心する。
今日も朝、北大路駅のコンビニでおにぎりを物色していたのだけど、
五百円玉が財布に入っているのを知っていて、とても安心だった。
五百円玉があれば、超高級なおにぎりならいざしらず、
大方のおにぎりはぼくのものになる。

とつぜん大学から逃走したくなったときも、五百円玉があれば、
市バスに乗ってどこかへ逃げることができるのだ。
岩倉ぐらいまで逃げれば、さすがに追っ手も追ってこないだろう。
その気になれば、これは非常に危険な賭けなのだけど、
学食に行って、お昼ご飯を食べることさえできる。
ぼくにとっては五百円玉は万能のコインなのだ。

五千円札とか一万札とかはどうなのか?
というひとがあるかもしれないが、なるほど財布には入っているが、
そういう高額紙幣は、それによってなにかができるという気がしない。
実感がない。それに、学校から逃走したくなって市バスに乗って、
一万円札で払おうとしたら、運転手に迷惑ではないか。
あえて学生に見つかる危険を冒して学食でなにかを食べたとしても、
五千円札で支払うのは、とてもとても迷惑なことではないか。

いつまでも、五百円玉の似合うじぶんでいたい。
(これはいい話なのかどうなのか。)
posted by pilz at 23:40| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

夢のような部分

shima.jpg
夢を語れる場所があった方がいい。たとえ仕事であっても、
どこかに夢のような部分を残しておいた方がいい。

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2013年03月03日

書き込みあり

戦中の古本を読んでいたら、「蒋k煥」と印字した名刺が入っている。
古本にはときどきこういうものが挟まっていて、楽しい。
書き込みが入っていることもある。哲学の古本を読んでいると、
ときどき、けっこう名のあるひとの書き込みがあったり、
蔵書印が打ってあることがある。

フィヒテ(哲学者)の著作に大学院時代の先生の書き込みを見つけて、
びっくりしたこともある。見覚えのある線の引き方だと思ったら、そうだった。
いちばん驚いたのは、沖縄で入手した古書に、小さなころに
じぶんが書いた書き込みを見つけたときのこと。

古本の書き込みをつうじて、年月の隔たりを飛び越えて、
そのとき生きていたひとの息づかいを感じるのは楽しい。
学生時代にはこういう “出会い” が多くあったが、あるときを境にして、
出会いががくっと少なくなった。なぜだろう?と考えていたら、
お金のない時代をすぎて、教員になってちょっと余裕ができたら、
割安の「書き込みあり」を買わなくなっていたのだった。
posted by pilz at 23:50| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

巣鴨村大字巣鴨字宮仲

sugamo.jpg
わけあって、巣鴨や大塚の近辺を歩いていたころの記憶を呼び戻そうと、
今日はやっきになっていた。その「わけ」は、そのうち明らかになる‥‥
のだろうか、ほんとうに。
posted by pilz at 23:47| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする