2013年12月31日

陸封(5)

rikufu05.jpg
少年時代も終わりを告げるころ、井手川で、
それまで見たこともないカニを見つけたことがあります。
二つのハサミに藻(ないし毛)のようなものを生やした
20センチほどの大きなカニでした。それがモクズガニと呼ばれる
カニであることは図鑑からの知識で知っていましたが、
なぜ井手川にいるのかわかりませんでした。

モクズガニは海で孵化して川を遡り、成長するとまた川を下る
(降海、あるいは降河口する)カニです。そのようなカニが、
海から遠く離れた山里の小さな川にいる理由がわからなかった。
戯れに誰かが放したのかとも思いました。

戯れではありませんでした。橋から井手川を見下ろせば、
数匹のモクズガニが淀みの底をうごめき、死んだフナに
集(たか)っていました。ながく井手川とともに暮らしながら、
そのようなカニがおそらく毎年のように遡上していた
ことに気がつかなかったのです。

モクズガニは少年を不安にしました。
甘南備山のサワガニには感じなかった感情でした。
井手川を遡ろうとした少年にも、川を下ろうという気持ちは
ついぞ起きなかったのに、モクズガニははるばる海から
自分でやってきた。小さな井手川は大きな木津川に流れ込み、
木津川はさらに大きな淀川となってやがて海に注ぎます。
遥かに遠く、どこまでも茫洋たる突き詰めようのない巨大ななにか。
それが海のイメージでした。モクズガニは海を知っていましたが、
山里に “陸封” されていた少年は海を知らなかったのでした。
(了)
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2013年12月30日

陸封(4)

rikufu04.jpg
命を育み、夏も枯れることのない井手川の水はいったい
どこから流れてくるのだろうか。いつしか、井手川を遡り
源流を突き詰めたいという押さえがたい思いが芽生えていました。
井手川は、「神が鎮座する山」の意味をもつ甘南備山
(かんなびやま)から流れ出ていました。その山は
子どもが行くことを禁じられていた “聖域” でした。

あるとき、禁を破り、井手川の源流を求める “小さな冒険”
に出ることを決意しました。タナゴがいる淀みを過ぎ、
はかんかを通り過ぎて、道は遥かに続きます。心細くも、
とぼとぼと歩き続ければ、そこは山間(やまあい)の地区にして
なお「山田」と呼ばれた山深い場所でした。いつしか
井手川は魚の影も見えない小川となり、甘南備山の手前で、
山の麓を取り巻くように東西に分かれていました。

東の流れはやがて小さな沼に続いていました。
うっそうと繁った木々が覆いかぶさっています。
浅く、水は透明でした。水面は鏡面のようで、
木々のあいだから射し込んだ光を反射していました。
美しいながらも、長くいてはならないと本能的に感じるような
幽鬼漂う場所でもありました。早々に立ち去り、
二度と行くことはありませんでした。

見つけたいのは、水がこんこんと湧き出る場所、
そここそが井手川の源だと言える場所でした。
西の流れはさらに山間へと続いていました。
小川を伝い、萱原を、木々をかき分け、山に分け入ります。
ポインターを連れた二人のハンターと出会いました。
「坊(ぼう)、こんなところに来たら危ないぞ」。
そんなことは、はなからわかっているのです。
二人をそこそこにやり過ごし、山をよじ登ります。

やがて、わずかな流れが崖を伝っている、
滝と言うには程遠い場所にたどり着きました。
山はとつじょとして急峻となり、根っこで岩を抱え込んだ木々が
せり出しています。源まであとわずかに思えましたが、
これ以上子どもが登るのが無理なことは明らかでした。
夕暮れも迫っていました。

この、岩伝う、いかにもたよりない流れが求めていたもの
だったのか――はっきりとしたなにかを見つけられるはずだという
思いは肩透かしにあったような気がしました。
下流で遊び相手になってくれたカワムツもタナゴも
フナもそこにはいません。

寂しい思いが全身を刺しはじめ、甘南備山に登ってはならぬ
という大人たちの言葉が脳裏をよぎったとき、
足元の石と石の隙間に動くものがありました。サワガニでした。
石を裏返せば、小指の爪ほどの小さなサワガニたちが
這い出してきました。下流では見たことのない生き物でした。
(未了)
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2013年12月29日

陸封(3)

rikufu03.jpg
フナは清流よりも泥深い湖沼を好むので、タナゴと同じように、
大半は、はかんかの池から流れてきているようでした。
ふだんはそれほど数は多くなかったように思いますが、
とつじょとして井手川がフナで溢れかえることがありました。
一年に一度、池の水を抜く池干しがはじまったときです。

たくさんの人がこの時期を楽しみにしていました。
池の水が徐々に少なくなってくると、魚の逃げ場がなくなって、
ジャコトリ(雑魚取り)ができるからです。すっかり
水がなくなった池には、それまで水底だった泥地がひろがっており、
ところどころにホテイアオイや、鋭い棘がついた実を茹でると
栗のような味がするというヒシ(菱)が乗っかっていました。

大人も子どもも泥だらけになって、
逃げる魚を追いかけまわしました。網もなく、
なんの造作もなしに魚が手づかみにできるのです。楽しかった。
全身泥だらけになって、フナで一杯になったバケツを提げて
意気揚々と家に戻りました。
フナは祖母の大きな鍋で甘露煮になりました。

はかんかには噂がありました、骸骨があるという。
教えてくれたのは二人の幼なじみでしたが、
にわかには信じがたいことでした。犬でもなければ猫でもない、
人間の骨なのです。好奇心が恐怖心をわずかに寄り切り、
二人の案内を受けることにしました。
数日前まで水底であったところに、それはありました。
頭骨の上部のお皿の部分だけが、緑色に変色して
横たわっていました。

甘露煮への食欲はうせました。自分ひとりでは抱え切れなくて、
祖母に告げました。「はかんかにな、骨あってん」。
甘露煮を見ながら、祖母はさも当たり前のように答えました。
「はかんかはな、上にある墓から骨やら燐やらが流れてくるさかい、
(魚は)美味いねんで」。墓地は土葬でしたから、
雨などでリンが流れることあるかもしれないとは思いましたが、
骨が流れ出すというのはどういうことなのか、
よくわからないままでした。

謎は謎のままで、次の日も楽しいジャコトリに
集中することにしました。その日は泥の池には入らず、
池の水が流れ出る排水口の周囲で魚を取ることにしました。
はじめてすぐに素足に当たる鋭いものがありました。
取り上げれば、それは背骨でした。驚いて水に戻して、
周りを見れば、あたり一面、骨だらけでした。
排水口から出る強い水流で泥が洗い流され、
池の堆積物が姿を現していたのです。

はかんかと墓地のあいだには竹薮がありました。
墓地は明治以降の比較的新しい墓地(はかち)で、
竹薮は江戸時代以前の人たちの墓地(はかち)であったこと、
池の水が少しずつ竹薮を浸食して、そこから昔の人たちの骨が
池に流れ込んでいることを知ったのも、しばらく後のことでした。

今、はかんかを見下ろす墓地には、あの日、
甘露煮を作ってくれた祖母が眠っています。何百年かして、
やがて祖母が生きていたことを知る人が誰もいなくなったころ、
現在の墓地もまた、はかんかに侵食されて、祖母の骨も
池に流れ込むのかもしれません。(未了)
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2013年12月28日

陸封(2)

rikufu02.jpg
繁殖期のカワムツをもしのぐ美しさを誇っていたのが
タナゴ(バラタナゴ)でした。「バラ」は婚姻色の美しさを
バラの花にたとえた呼び名ですが、じっさいには、
バラ色というよりも、青紫や緑や桃色を絶妙にまぜた、
小さな宝石箱のような魚でした。

美しい魚は、謎を秘めた魚でもありました。
井手川のたった一箇所でしか姿を見ることがなかったのです。
集落にほど近い、墓地へと続く道に架かった橋の下の小さな淀み、
「はかんか」と呼ばれた池から出た水が流れ込む場所でした。

「はかんか」という呼び名は、「墓の角にある池」がなまった
ものでした。あるとき、はかんかの護岸工事がはじまりました。
重機が持ち込まれ、たくさんの人たちが働き、
夜には酒盛りの声が聞こえることもありました。

半年も続いた工事が終わって行けば、はかんかの周りには
おびただしい数のドブガイの貝殻が捨てられ、積み重なっていました。
その量たるや、はかんかのドブガイすべてを食べつくしたのではないか、
と思えるほどでした。貝殻の焼け跡から、工事の人たちが
夜な夜なそれを焼いて食べていたらしいことは、察しがつきました。

工事の後、井手川で小さな宝石箱を見ることはなくなりました。
タナゴがドブガイに託卵をする珍しい習性をもった魚であることを
知ったのは、ずっと後になってからでした。(未了)
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2013年12月27日

陸封(1)

rikufu01.jpg
郷里には井手川という川が流れていました。
川幅せいぜい数メートルほどの小さな川でしたが、
夏でも水が枯れることはなかった。
農業用水としても重宝されていたようです。

水のなかにはさまざまな生きものがいて、
それらと戯れるのは、地区の子どもたちの楽しみのひとつでした。
魚の種類は多くなく、フナ、カワムツ、タナゴ、ヨシノボリ、
ドンコの五種類だけでした。

一番たくさんいたのはカワムツでした。
一般にカワムツはオイカワ(ハエ)釣りの外道として
嫌われるようですが、子どもたちにはよい遊び相手でした。
かなり大きいのがいたように思います。一番の大物は、
バケツに入った魚体が折れ曲がっていたことを覚えていますから、
優に20センチを超えていたのでしょう。

繁殖期のオスは婚姻色に染まって、それはそれは美しかった。
網に入った美しい婚姻色を見てそれで十分に満足した少年たちは、
そっともとの流れにカワムツを戻してやるのでした。(未了)
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2013年12月26日

そして、今日もまた。

飲んでおりました。ひとのお膳の料理を食べていたのは、わたくしでありました。以後、そのようなことをやらかさぬよう、注意いたします。
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2013年12月25日

砂岩

kamakura.jpg
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2013年12月24日

今日も

飲み会でしたのじゃ。酒は持ち込みでありました。最後の鰺(アジ)は絶品でありました。最後は近海魚。
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2013年12月23日

機微

機微に通じているひとと話すのは楽しい。
機微に通じたいと願うひとと話すのは楽しい。

大きな表面積をともなわない小さなしるし。
大音量をともなわない微かな声。
せわしない動きのない静謐さ。
あからさまには顕されない隠された悲しみ。

そのようなものに近づこうとする強い、
しかも節度ある意志をもったひとと会うのは楽しい。
posted by pilz at 22:28| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

きっと奇行種

電気屋に行こうと思って家を出たら、街はクリスマス一色。
サンタのかっこをしたおねーさんがなにかを配っていて、
イルミネーションが輝いていた。きれいでよろしい、後者が。

このごろはクリスマスだけでなくて、秋頃からは
ハロウィーン系のものまで飾りつけられるようになって、
どっちかというと内省的な時期だった晩秋から冬にかけてが、
なんだかんだと騒がしくなってきた。

静かにものを考える時間がほどほどにある方が、
効果的に前に進むためにはよいのだろうけど、
楽しいものを積極的に取り入れていくというのも悪くない。

今日はきっと冬至なのだった。ちがう?
ぼくは昔から日が短くなるにつれてエネルギー量を落とし、
日が長くなるにつれてエネルギー量が増えていく。
太陽の光が当たらないと弱っていくどこぞの巨人のような感じ。
12巻には感動しました、Kさんに感謝。
(わかるひとには、わかる。)
posted by pilz at 23:42| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

笑い声の音

笑うときの音、笑い声というのはどう決まるのだろうか。
笑い声は一定の条件下、たとえば不意を突かれた場合とか、
相手を警戒させたくないときなどに息が口から出るときの音
なのだろうけど、「あ」で笑うひともいるし、
「い」で笑うひともいる。「う」も「え」も「お」もいる。
もちろん、ア行だけでなく、そのほかの音で笑うひともいる。

昨年、同僚にはっきりと「し」で笑い続けるひとを発見して、
ちょっと珍しいなと感動した。もちろん、ひとりのひとが
どの音で笑うかは完全には一定していていないのだろうけど、
作為的な笑いとか外交的な笑いをべつにして、
不意をつかれたときの笑いがどの音になるかは、
それなりに決まっているのだろう。

「あ」の口で笑う〈ア段のひと〉と、
「い」の口で笑う〈イ段のひと〉etc‥‥そこにはなにか差が
あるのだろうか。それとも、それはまったく偶然なのだろうか。
また、寒い地方は口を開けにくいからイ段とかウ段で笑い、
暖かい地方は比較的、ア段とかオ段で笑うとか、
笑いの地域差はあるのだろうか。

ちなみにぼくは「ウケケケ」と笑うといわれたことがあるが、
それはぼくが全体から漂わせる悪しき印象によるもので、
じっさいには爽やかに、「あ」か「う」で笑っていると思う。
そうにちがいない。
posted by pilz at 23:43| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

今日も

飲んでおりましたのじゃ。Cの送別会でありました。出会ったひとと別れることはないし、出会わなかったひとと別れることもない。となりで、NとYさんが戯れておりまする。
posted by pilz at 23:33| 京都 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

鍋の季節

jingen.jpg
今日は橙(ダイダイ)をもらった。
ユズ代わりに使って、鍋を食べるのですじゃ。
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2013年12月18日

かばん

お気に入りのかばんをなくしてしまった。
紺色の布製で、大学のロゴがはいったかばん。
いったいどこでそれをなくしたのか、見当がつかない。
見当がつくようなら、それは「なくした」のではなくて、
「置いてある」のである。ともかく、ないのである。

あのかばんがないと、ぼくの魅力は半減するのである。
どういう意味かは、書いているぼくさえわからないのである。

いつも会議のときはぼくのそばにいて、
つらいことや悲しいことをともに乗り越えてきた。
ときどきFさんのかばんとまちがえて持って帰ろうと
することもあったけれど、なくなるとさびしいのである。
さびしいが、いつか誰かが見つけてくれると信じて、
待つしかない。(自分で探しに行け。)

関係ないけど、あの灯油ストーブは、
ほんとうに灯油ストーブだったのだろうか。
なんか、ちがうような気がしてきた。
posted by pilz at 18:00| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月17日

今日も

飲んでおりましたのじゃ。どういう飲み会であったかとかいうことは言わないでおきます。こういう機会がなにかの形で大学のためになることを期待するぐらいは、許されてもよいでしょう。
posted by pilz at 23:20| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

エバートとナブラチロワ

アメリカのテレビ局の番組で、クリス・エバートと
マルティナ・ナブラチロワが対談しているのを観た。
「エバートとナブラチロワ」と言っても、わかるひとはわずか
かもしれないけど、その昔、ぼくがテニスに明け暮れていたときに、
一世を風靡していたテニスプレイヤーたちなのだ。

ちなみに男性では、ボルグとマッケンローの時代だった。
どっちもとてつもなくuniqueで、ほれぼれするプレーヤーだった。

その当時、エバートはアメリカのおじょうさん、
ナブラチロワは共産圏出身の筋肉系という対照的な印象があって、
ぼくの周りにもナブラチロワを応援するひとはいなかったのだけど、
ぼくはエバートの無表情なおじょうさん、といった感じが苦手で、
ひとり、ナブラチロワを応援していた。

ぼくはエバートを応援するひとの気持ちがわからなかったが、
きっとぼくが会ったことのないナブラチロワもエバートが大の苦手
だろうと思っていた。じっさい、そのころのテニス雑誌にも、
ふたりが、どこまでもちがうタイプのライバルだというような
感じで、対立ぶりを煽り立ててもいた。

ところが、ところが、今回の対談番組を観て、
二人が大の親友であったことを知って、驚いた。
その親交は選手時代からいままで続いているのだという。

ぼくはときどき、知りもしないひとを自分の希望する色に染めて
しまうことがあるが、知らないひとたちの関係まで自分の好みに、
強く言えば、自分のおもしろいように染めてしまうことが
あるのだな、と改めて感じた次第。
posted by pilz at 21:33| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月15日

灯油のストーブ

酷寒のオープンキャンパスであった。
こんなに寒いオープンキャンパスはかつて記憶にない。
といっても、当方、昨年のオープンキャンパスを忘れている
ようなひとなので、ざらにあったのかもしれない。

いまは文化財になっている建物の小さな部屋には
ストーブが持ち込まれていて、かすかに灯油の匂いがした。
なぜかわからないが、「灯油のストーブ」と聞いただけで、
5パーセントほどやさしくなれるような気がする。

在学生とのフリートークコーナーの部屋では、
在学生がジュースとかお菓子を出しながら、
高校生たちと話していた。そこには、なんとなく、
部屋の適度な狭さもあいまってか、すぐに帰る必要のないような、
ずっとそこにいてもよいような暖かい雰囲気があった。

今回、よろずの相談を受けたのはほとんど在学生たち。
高校生への彼らの態度をみていると、よほどの対話能力
のある少数の教員以外は、学科ごとの相談コーナーにさえ、
今後は必要ないのではないかと思えた。

大学の先生たち、高校生や保護者と上手に話せるような
実力を身に付けないと、学生たちに負けてしまいますよ。
まぁ負けてもいいのだけど‥‥いや、よくないか。
posted by pilz at 20:33| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

明日はオープンキャンパスなのだ、の巻

oc20131215_hi.png
二次元氏、あかんか、この写真HPの写真、
載っけたらあかんか? もう載せてしまったのだ。
(写真をクリックすると、HPに飛びます。)

昨日は隣人先生がぼくの部屋の前を行き来していて、
個研からなにやら荷物を運び出していた。
高校生を迎える準備をしておられたのだ。
ぼくはその様子を見ていた。

明日は寒そうだけど、いつものように
学生スタッフがなんにんか来てくれるという。
ぼくと話したいという高校生であれば、
12時に来てくれるのがいちばんいいと思います。
posted by pilz at 18:14| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月13日

楕円への道

誤字脱字が多くて困ってしまう。
ブログでも頻繁に誤字脱字だらけの記事をアップするし、
ひとに見せる書類でもやらかしてしまう。

あんまり情けない記事ばかり書くので、
facebookやtwitterにあげるのをやめてしまった。
(広報だけはアップしますゆえ、ご安心を。)

おかしい、ぼくは誤字脱字をしないひとのはずだったのに、
いつからこんなことになったのだろうか。
(昔からやってたのかもしれんけど。)

視力が圧倒的に落ちてしまったことはあるけど、
大きな理由はもっとべつのことにあると思う。
要は、自分に甘くなってきたのだ。

20代のころは、自分に対してすさまじく鋭角だったし、
30代でもきわめて厳格だった。なのに、いまはどうか。
見直しをせずに記事をアップしてなんとも思わないし、
確認しない書類を平気でコピーして大量に配布する。
外見とともに自己批判の精神まで真ん丸になったのだ。
(いや、楕円ぐらいかな。)

ぼくは他人の誤字脱字を責めない。
誤字脱字なんて誰でもする。いっしょうけんめいに書いても、
誤りは残ってしまうものなのだ。いっしょうけんめいに
やっているひとを責め立てる権利なんて、いったい
どこの誰であればもっているというのだ?

だけど、若いころは自分だけは例外だった。
たとえいっしょうけんめいやったといっても、
ミスを許さなかった。いまは許せて、
それでよかったのかもしない。
posted by pilz at 14:49| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月12日

立ち位置

mado02.jpg極度に集中すると、自分がどこにいるかわからなくなる、というか、いまでも実家の部屋にいるような錯覚におちいることがある。

正面にはまったく風通しには役立たない小さな窓があり、いつもカーテンは閉じられたままになっている。小さな卓には分厚いノートパソコンが置いてあり、電灯が消された部屋に、モニターの光だけがぼぅっと浮かび上がっている。

積み上げられた書物の山に囲まれた陰湿な青年が、
テキストの誤りを探しながら、ときどきなにごとか
カチカチと打ち込む‥‥10年間、研究に没頭した
実家の部屋で、暗い青年の視点といまの自分の視点が重なる。

人にはそれぞれ、一生涯その人にまとわりつく原風景とまで
はゆかなくても、心と体に深く刻み込まれた、その人なりの
“立ち位置” があるのかもしれない。

もちろん、そうした立ち位置は少しずつ変化していくが、
心と体のどこかにはしつこく澱(おり)のように残り続け、
すっかり新しい位置に移動するにはそれなりに
時間がかかるのだろう。

ここで暮らしはじめて十年を過ぎた。
人にそういう位置があるなら、ぼくはまだ、あの圧倒的に
濃密な時間を過ごした部屋でひとり立ち尽くしている
のかもしれない。いつ、この明るい部屋に移ってくる
ことができるだろうか。
posted by pilz at 23:27| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

kan.jpg
posted by pilz at 23:59| 京都 ☔| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

今年最後のオープンキャンパス

15日の日曜日は、
今年最後のオープンキャンパスにございます。

そうですなぁ、いろんなプログラムがありますが、
キノコ的なおすすめはやっぱり、一般入試対策講義
(英語/国語/地歴・公民)でげしょうなぁ。
なにせ、講師がぼくですゆえ。

マルチメディアを使って文科財をデジタル化する‥‥
なんてことに興味のあるひとは松川ゼミの
「ゼミナールの取り組み紹介」へどうぞ。

1年生とか2年生で幼児教育興味があるひとは、
幼教フェスティバルは必見でしょうなぁ。

社会学や文化人類学に興味があるひとは、
隣人先生の個研へ急ぐべし!

あと、もろもろ(もっと書け)。
posted by pilz at 23:01| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

しんしんと雪が降る

「しんしんと雪が降る」という表現が好きです。
雪国の方からはお叱りを受けるでしょうが、
静かに、少しずつなにかが降り積もってゆく
というイメージが好きなのです。
めったに雪が積もらないところで育った
からなのかもしれません。

雪が音を吸収するからでしょうか、
車がスピードを落とすからでしょうか、
雪降る朝はふだんより静かな気がします。

でもそれでよく眠れるかというとそうでもなく、
雪降る朝は静かすぎて早く目覚めてしまいます。
静かなものが騒がしくなっても、騒がしいものが
静かになっても、“常ならぬ事態”と
心は判断するのでしょうね。

実際には雪が積もるときに音はしないでしょうから、
「しんしん」という音は、心の音なのでしょう。
心に、なにが降り積もっていくのでしょうか。
posted by pilz at 22:00| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

快晴の朝に思うこと。

今日はぜったい遊びに行かないと誓った朝なのに、
外はあいにくの快晴なのである。ちょっとぐらいなら、
近所の山にキノコ観察に‥‥おっといけない、いけない。
今日はどこにも行かず、体力を温存するのだ。
オープンキャンパスの準備なんか、しないのだ。
すまぬH君、また原稿が遅れる。

このところ、寄る年波のせいか、ともかく体力温存にはしる
ようになってきた。ぼくのいるところは4階にあって、
のぼるときに階段を使うことはない。これはいい。
もんだいとなるのはおりるときで、階段の手前に
あるエレベーターを使うかどうか、迷う。
“いまここ” の体力温存にはしるべきか、
長い目でみての体力向上に努めるべきか迷うのだ。

なんともちっぽけな個人的な悩みだが、悩みなんか
おおかたちっぽけな自分ひとりだけのものなのだ。
だれかれとなく共有できるようなものは悩みとは言わない!
と、わけもなくパソコンの前で叫んだりする。
posted by pilz at 13:00| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月07日

頭から湯気

sora.jpg
久しぶりに力作を書いていたのに、ブログサーバーの
不調で消えてしまった。\(*`∧´)/
頭に来たので写真だけにする。
posted by pilz at 23:27| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

sazanka.jpg墓地の入り口には六地蔵さんが並んでいて、祖母は手前から順番に「なむあみだぶ、なむあみだぶ」と唱えながら、線香を供えていった。

墓地に入ってすぐ、石でつくられた台が置いてあって、側面には蓮の花の模様が彫り込まれている。祖母に連れられながら、それを不思議に思っていたぼくは、あるとき聞いてみた。「これなんなん?」「これは棺桶を置くところや」。

それを聞いて、幼くして亡くなった従姉妹を送ったときのこと
を思い出した。小さな子どもの体であっても、花やたくさんの
もので満たされた棺を運ぶのは楽なことではないようであった。
深い穴が掘られていたことを覚えている。

いま彼女を偲ぶよすがはお地蔵さんの形をした墓石になっている。
唇には鮮やかな紅がさしてあって、もうずいぶんと年月が経つのに、
ほとんど色あせずに残っている。やさしくてかわいらしいお母さん
の子だったから、大人になればさぞやかわいらしい女性になったろう。
いつもそんなことを思いながらその紅を見ている。
posted by pilz at 23:27| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月05日

「子どもから大人を守る」という観点

ぼけっ〜とネットニュースを見ていたら、
「わずかなコメを奪い合い」という文字が飛び込んできた。
驚いて見直したら、「わずかなコメを分け合い」だった。
「飛び込んで来た」のではなく、「作り、投げ込んだ」のだ。
両者の違いはとてつもなく大きい。

残念なことだが、このところの学校現場でも、
白を黒と言うだけならまだしも(それも困るが)、
自信をもって無から有を創り出す(creatio ex nihilo )、
神のごときパーソナリティに出くわさざるをえなくなってきた。

これからの学校人には、自分と他人を傷つけることのないよう、
この種の “創造者” について、それそうおうの勉強と
注意と規程が必要なのだ。ときには、「子どもを守る」だけでなく、
「子どもから大人を守る」という観点も必要なのである。

しかしそれにしても「えぇ?」と思ってニュースを見直した
ぼくはさすがだった。かんたんには認めたくはないが、
こういう「見直し」は人間愛なしにはできない、
と言わざるをえない。
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2013年12月04日

理路整然と否定されることのすがすがしさ

会議などで理路整然と否定されるのは、
たとえ自分の意見が完膚無きまでに論破されても、
すがすがしい気分になれたりする。

こういう気分になる理由は、ひとつには
自分が根拠として弱いと秘かに恐れていたところ
をずばりとついてくれるからだ。これはある意味で
自分が正しかったと言ってくれているのに等しいし、
誤ったことを強引に実行することが引き起こす
良心の呵責を取り除いてくれてもいる。

もうひとつは、自分が想像だにしていなかった
誤りを指摘して、自分の無知を知らせてくれるからだ。
正しいことは正しい、正しくないことは正しくない
と互いに言えるひととの議論ほど楽しいものはない。
逆に、はじめから結論を決めている者と話し合う
ことほど不毛なことはない。
posted by pilz at 23:03| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

ファルコンのこと

この携帯(この記事を打っている携帯ね)には、たしかモイモイという名前の犬のキャラが画面上に埋め込まれていて、月ごとの風物を背景にしてすたすた歩きまわっている。いま見たら、クリスマスプレゼントを背負って歩いていて、ようやくぼくは12月になったことに気づいたのだった。

犬といえば、しばらくぼくは犬が飼いたくてしかたない状態が続けていた。そんなふうになったのは理由があって、とあるペットショップにいるミニチュアダックスフントをいたく気にいってしまったからなのだ。そやつは「ネバーエンディングストーリー」に出てきたファルコンに似ていたからぼくは勝手にファルコンと呼んでいたのだけど、いっこうに売れる気配がなくて、ファルコンは日に日に大きくなっていった。

あんまり売れないものだから、売れ残ったペットのまがまがしい末路を想像してしまって、もうどうしても売れないようならファルコンを引き取ろうかと考えはじめたら、ある日、いつもの場所にファルコンがいなくて、ギャーと焦ったのだが、「新しい家族ができました」という札がかかっていたのだった。ファルコン、いまごろ元気にしてるやろうか。
posted by pilz at 23:22| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

山上湖

「人間・清沢満之シリーズ」第10号が書けた、と言いたい
のだけど、なかなかまとまらない。こういうことになるのでは
ないかと警戒していたのだけど、案の定そうなって、
G君に締め切りを遅らせてくれるよう連絡する。
いつからぼくは締め切りを守らないひとになったのかと、
「見損なったわ」と自分で自分に話しかける。

ときどき、このシリーズを書きながら、
鏡面のような山上湖でひとり糸を垂れる釣り師に
なったような気分になることがある。考えてみれば、
浄土思想家について論文を書いているとき、
ぼくはいつもこのような気持ちになるのだ。
posted by pilz at 21:59| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする