2014年01月31日

なのですじゃ。

今日は2年生との飲み会。2年生とは年に二回だけ飲むことにしていて、一度目は「はじめまして」の飲み会で、二度目は「さようなら」の飲み会になる。それぞれのゼミでの健闘を祈って、駅で別れる。別れることも、わが仕事なり。
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2014年01月30日

無題

ongoro.jpg
寒いので「もも」に頼る。
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2014年01月29日

街灯

gaitou02.jpg
寒い。
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2014年01月28日

架線

kasen.jpg
架線萌えではある。
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2014年01月27日

明石

akashi.jpg
明石の高校に2年続けて出張授業に行ったことがある。
ちょっと忘れられないぐらい楽しかった。
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2014年01月26日

謎の爬虫類

ippin02.jpg
ほらね、マニアックでしょ?だから言ったじゃないですか。

これは、ぼくが一度は出会ってみたいと思っていて、
ドイツのとある山で見つけて、狂喜乱舞したもの。
もちろん、ヘビではない。同行者にヘビではないと告げて、
「バカなことを言うな!」と罵倒された。
長ければヘビだと思っているのである。
そのときぼくは、無自覚の無知というのは
まことにつまらないものだ、と思ったものだ。

ぼくは、変わったタイプの爬虫類が好きなのだけど、
これ以上話すと、変なひとだと思われるので
(変なひとだけど)、黙っておく。
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2014年01月25日

上がったり、下がったり。

大学は定期試験と卒業論文試問の時期。
卒論は以前より読む冊数は少なくなったけれど、
何冊か読めば、それなりに疲れる。

この疲れは、たんなる肉体的な疲れじゃない。
かといって、集中して読むことの知的な疲れでもない。
もちろんそういう意味でも疲れはするが、
そうではなく、ミスを回避させられなかったという、
自分の指導力のなさへの失望感なのだ。
こうなることは予測できていたのに、
なぜ阻止できなかったのか‥‥

もちろん、教えたことを活かせているのをみると、
逆に、増上慢になって、疲れを忘れる。

さらに、これはしばしばあることなのだけど、
こちらの予想を超えるものが出てきたときには、
人間の可能性に驚嘆して、ひれ伏す。
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2014年01月24日

無題

omikuji.jpg
関係ないけど、「おむすび」って、「お結び」なんだろうか。
ぼくは「おにぎり」派だけどね。
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2014年01月23日

歴史

二次元氏と一昨日の円空仏の記事の話をしていたらG君が来る。
その記事の話を振ったら、読んでいなかったということで、
\(`o'") こら-っ!!とする。facebookがなんたらと
言いわけをしている。

「ぼくなんか、小さなころ、阿弥陀さんに向けてボール、投げてましたよ」
みたいなことも言っておる。寺に生まれた子には寺に生まれた子の
歴史があるのだなと思って、その顔を見た。
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2014年01月22日

無題

hiiragi.jpg
この実を食べてみたことがある。あまりに美味しそうだったから。
噛んでみると、ほのかに甘かった。食べられるものなのか、
いまだにわからない。
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2014年01月21日

子どもの仏

録り貯めておいた録画のなかに円空仏の放送があった。
かつてその地を訪れた円空は仏を彫って宿代にしたという。
傷だらけの円空仏が伝わる家の主によれば、その家の円空仏が
傷だらけなのは、それが昔から持ち出し自由で、
子どもたちの遊び相手になってきたからなのだ。

川で遊ぶ際、子どもたちは木の仏を浮き輪代わりにしたらしい。
両手で掴まるのにちょうどよい大きさで、山の木から切り出したような
荒々しいつくりの仏であれば、子どもたちがそれを川遊びの道具とする
ことにもためらいはなかったろう。円空仏は文字通り身をもって
子どもの命を守ってきたわけである。

円空が彫ったとされる仏をめぐっては、持ち出して遊ぶ子どもたちを
叱った大人が逆に夢枕に立った仏に叱られたといったような逸話は多いが、
大切なのはこういった逸話が真実かどうかではなく、そのような物語を
数多く作らせるものが円空仏には宿っているということなのだ。
ひとに物語をつくらせるような力があるとしたら、
私たちは、それをどのように呼べばよいだろうか。

ともかく、高い台座から見下ろすような金箔貼りの絢爛たる仏像は、
大人のための仏にはなっても、子どもの仏にはならないだろう。
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2014年01月20日

無題

gama.jpg
吉野弘の詩で好きなのは、有名どころだけど、「夕焼け」。
以下はその一節。

やさしい心の持主は 
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
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2014年01月19日

フリクションペン

ippin01.jpg
キャー、どんどんパフパフ。お待たせいたしました。
キノコ的逸品の第1回であります。フリクションペンであります。
消せるペンです。後ろの白いゴムで消せます(消しゴムでは消せません)。
なになに?さして珍しくもないものをって?(がびーん)

ぼくの使っているのは黒・赤・青という三色のもので、
いちばんよく使うのは赤です。校正や添削で使うからです。
こないに便利なもの、教員で使わないひとがいるとはどういう
ことなのでしょうかと、ちょっと新しいことを覚えたら
自分が世界のスタンダードであるかのように思って
言い散らかす、悪いクセがさかんに発動しております。

表現するということも大切ですが、それがじぶんの
意志でいつでも消すことができる‥‥このこともまた、
大切なことなのではないでしょうか。すいません、
また、含蓄のあることを言ってしまいました。

このようによろしいフリクションペンですが、
いくつか欠点もあります。ひとつは、インクの減りが
恐ろしく早いのです。消せるというので喜んでこのペンを使う
のですが、喜んで使うものだからまた減りが早くなってしまいます。
もうひとつは、消せて楽しいものだから、
添削しすぎてしまうことです。

相手がゼミの学生だけだったらいいのですよ。
このごろのぼくは部署のひと、ほかの先生、誰彼となく、
必要なのかわからないような添削までするようになってしまい、
周りからすれば、迷惑このうえないことだろうと思うのです。
この調子だと、いずれ、添削してはいけないひとの文章まで
添削してしまって、自分を消してしまいそうな勢いなのです。
(どうも、いまひとつのオチで。)
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2014年01月18日

あきらめる

ここには、書き下ろし(そんなたいそうな)だけでなく、
いろんなところに書いた文章を再録したりもしているのだけど、
すでに一回再録したものを、もう一度再録するというミスを
もうなんかいかやってしまっているような気がする。
写真については、わかったうえで複数回使っているけど、
文章についても重複しているように思うのだ。

が、もうあきらめようと思う。記憶力が右肩下がり
になっているから、これはもう、しかたがないことなのである。
昔、大学院のときの指導教授が、同じ本を2冊買うまでは
自分に怒っていたが、ついにこのごろは3冊の重複が出てきて、
怒る気にもならなくなった、と言っていたのを思い出した。

「怒る気にもならなくなった」と言うとなんとなく
諦(あきら)めのように聞こえるけど、自分を明らかに知った
うえで、じぶんを許すのだ、と考えればよろしい。
(ちなみに、もともと「諦める」というのは物事の道理を
明らかにする、「明らめる」の意味なのですよ、高校生諸君。)
じぶんにやさしくなれれば、そのおすそわけを、
自分以外のひとにもできるかもしれない。
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2014年01月17日

レモンは植えられない

スッパイものが大好きです。頭から湯気を出して怒っているときでも、
なにも言わず、さりげなくテーブルに酢の物を置いてもらったりすると、
とたんにオトナシクなります。漬物のスグキも好きですし、
寿司も好きです。あまりにも「スッパイモノ、スッパイモノ」
を連発するので、高校のときのニックネームは “妊婦” でした。

スッパイ系の柑橘類も好きです。レモンとかスダチとかユズとか
カボスとかシークァーサーとか。どんな料理にも、とにかく絞ります。
こういう柑橘類で庭中を埋め尽くしてやろうかと思ったことさえあります。
自分で栽培すれば、農薬とかの心配もなくて、安心ですからね。

でも、いっこうに実現しません。柑橘類を植えると、
必ずアゲハチョウが卵を産み付けにくるからです。アゲハチョウの幼虫は
モスラみたいで、ちょっとグロイのですが、憎めないところもあるのです。
つっついたりすると、Y字型の黄色い角(「臭角」といって、
柑橘系?の匂いがする)を出して怒ります。

この、人間にはなんの効力もない “臭い攻撃” が、いじらしくて、
カワイイのです。毛虫とかなら容赦しないのですが、
“モスラ” を駆除するのはイヤです。身勝手なのですが、
イヤなものはイヤなのです。
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2014年01月16日

最終講義

今日は池上先生の最終講義、きっと詳しいことは、
哲学科教員ブログでCPK先生が書くだろうから、書かない。
たくさんの聴講者と、なかなか鳴り止まない拍手を聞いて、
愛された方だったのだなぁ、と思った。
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2014年01月15日

新しいカテゴリはじめます。

ちょっとスパイスが欲しくなってきた‥‥と言っても、
そろそろタイ料理が食べに行きたくなってきた、とか
そういうことではないのである。このブログも
それなりの数の記事を書いてきたので、
ちょっと新しいことをしたくなったのだ。

というわけではじめます。
新しいカテゴリを追加するのであります。
名づけて、「キノコ的逸品」、であります。

本の紹介はべつのカテゴリがあるので、
このカテゴリでは本以外のわたくしのおすすめを
あれこれ、広い範囲からご紹介するのであります。
食べ物が多くなるような気がいたします。
マニアックなものばかりで受けいれられなくても、
自分さえ楽しければ、それでよいのです。
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2014年01月14日

花鳥園

fuku.jpg
神戸の花鳥園が閉園していた(→すいません、閉園してないようです。訂正します。汗)。
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2014年01月13日

座右の銘

聞かれると困ると思って長年答えを用意しようと
あがき続けてきた問いが二つある。
ひとつは「好みの芸能人のタイプは誰ですか?」
もうひとつは「座右の銘はなんですか?」だ。

ひとつ目はあるとき、ばかばかしくなって考えるのを
やめてしまった。二つ目はいまだに粘っているが、
なかなかこれという答えが思いつかない。
元来、ひとつの物事やひとりの人物に飛びついて
それに拘泥して生きてゆくようなタイプではない。
いつも念頭に置いて生活を律してゆくような言葉が
座右の銘なのだろうが、そんなものがあったら、
もっと立派な人になっている。

といっても、まったく候補がなかったわけではない。
「自分にはやさしく、他人にはきびしく」をそうだと
言ったことはあるが、意識しないでも自然にそうなってしまう
というだけのことだから、座右の銘と言うには不適切だろう。
自分には座右の銘と言えそうなものはないのだ。

そういうわけで座右の銘と言うつもりはないが、
なにも書かないのもさびしいので、書いておこう。

「それを考えることしばしばにして、かつ長ければ長いほど、
常に新たに増し来る感嘆と畏敬の念でもって心を満たす
ものが二つある。我が上なる星きらめく天空と
我が内なる道徳法則(良心の声)である。 」
(カント)

「真砂ナス、数ナキ星ノ其ノ中ニ吾ニ向カヒテ光ル星アリ」
(正岡子規)

二つ目は、ぼくがその昔、医療系の専門学校で教えて
いたときに学生が教えてくれたもの。「君が医療現場で
働きはじめて、ぼくを見かけるようなことがあれば声をかけて。
でも、病院では会いたくないかな」と言って、
別れたのだった。
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2014年01月12日

「人間は考える葦である」

昨日、石の影が消えた。長くてつらい日々だった。
もう懲りた、もう金輪際、結石とは付き合いたくない。
たとえ交際を迫られても、すげなく断るのだ。
ともかく、ただでさえ仕事が遅いのに、仕事を遅らせて、
いろんなところに迷惑をかけてしまった。

ヒポクラテスの誓い(医師の倫理的な誓い)には、
結石治療は決してしない、というのが含まれていて、
これは、下手にやってしまうと死亡率が高くて、
医師が信用を落とすので、かかわらないという意味だ。
当時、死亡率が高くても石を取り出すのを生業とする
医師以外の集団があったのだ。その事情はわかる。
昔からすさまじい病気だったのだろう。

今回のぼくにしても、おそらく、近代的な治療を受けられ
なかったら命を落としていただろう。パスカルは、
人間が一滴の水でも命を落とすような弱い葦だと言ったが、
1.5pほどの石、一粒でも、ぼくの命を奪うには十分だった。

でもやっぱりパスカルが言うように、衝撃波が開腹を
伴わない結石治療に使えるのはではないか――そんな風に
「考えた」ひとのおかげで、ぼくは助けてもらった。
今後はぼくが、どうやって再発を防ぐかを考えないといけない。
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2014年01月11日

たき火

hi.jpg
小学校のころは、今よりも冬の寒さが厳しかったような気がします。
寒い冬の朝、たき火に当たらせてもらうのは心地よいものでした。
アルミホイルに包んだ焼き芋を取り出して、くれたおばさんもいたっけ‥‥
いまから思えば、火を通じて、ひとの温かさに触れていたのでしょうね。
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2014年01月10日

網の目

今日は卒業論文の提出最終日。ぼくのゼミでは
年内に提出するようスケジュールを組んでいるので、
例年、直前に戦争状態になることはない。
「年末年始を楽しく‥‥」というのが
わがゼミのスローガンなのだ。

が、今年はこちらの張った網の目をくぐり抜けて、
ぎりぎりまで書いているのが、何人か出てしまった。
くぐり抜けて苦しむのは学生自身だが、
くぐり抜けさせてしまうのはこちらが悪い。
要は、指導力不足。

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2014年01月09日

京都タワー

今日はゼミの補講。発表者が多くて、規定回数では
さばき切れないのだ。パワーポイントを使ったプレゼンだから、
教室内のライトを消したら、5限の授業を取り巻く辺りは真っ暗で、
発表者の向こうに京都タワーが見えた。はじめて、
京都タワーをきれいかもしれない、と思った。
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2014年01月08日

無題

tanbo.jpg
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2014年01月07日

もっと別の魅力

「人間・清沢満之シリーズ」の第11号を校正中。
前号では清沢の弱点だと思う点について書いたが、
今回も微妙なところに触れている。
明らかに問題とは言えないにしても、
考えようによっては責められるだろう。

ただ、ある意味で清沢の一番の弱点と言えるのは、
ラブロマンス(死語か?)がないところだと思う。
もちろん、そないなものなくてもよろしくて、
清沢はそんなもの重視していなかったけど、
できるだけ多くのひとに知ってもらうためには、
それがあった方が手っ取り早いのだ。加えて、
戦争での武勇伝があれば完璧になる。

争いと恋が、人の心をもっとも動かすものだというなら、
生まれる場所をまちがえたような気がする。

恋の香りも硝煙のにおいもしない彼の
もっとべつの魅力を伝えられたらいいのだけど。
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2014年01月06日

新年

仕事はじめの今日もまた、飲んでいましたのじゃ。G長がごきげんでありました。G長がごきげんであれば、それでよいのです。となりでOさんとYさんが話しておりまする。
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2014年01月05日

無題

kameishi.jpg
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2014年01月04日

輝くとき

読んだらいかん、いかんと思っていたのに、
ついつい苦しさに負けて(?)、吉村昭を読んでしまう。
史実に忠実なので勉強になるのだけど、ともかく
その圧倒的なリアリティで、読んでしばらくは、
胸の奥に熟(こな)れ切れないなにかが残ってしまう。
(吉村の作品のうちでそういうのを選んでいるのです。)

それで、なにかがいつまでも残ったままであれば、
もう二度とは読まないのだけど、あるとき熟れてしまって、
1年ほどしたらまた読んでしまうのだ。
自分でつくったインド料理みたいな感じかな‥‥

ときどきぼくが吉村の作品を読んでしまうというのは、
ぼくにとってはそこで書かれるものが必要だからなのだろう。
でもね、ときに圧倒的な現実に打ちのめされるのもいいけど、
ベースには、もう少し前向きの神話も置いてみたい。
人間って捨てたもんじゃない、って教えてくれる神話。
「神話」よりも「物語」がいいかな。(ちなみに、
哲学のむずかしい言葉で言うと、「統制的理念」。)

個研に来た学生たちの目がいちばん輝くのは、
こういう神話について話しているとき。
そして、ぼくが人を褒めるのを聞いたとき。
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2014年01月03日

餅をこよなく愛す。

朝から餅を食べておりました。
昔からもちもちするものが好きで、旅行に行っても、
必ず、その土地でもちもちしたような食べ物がないか、
うろうろ探し回ります。それぐらい、好きなのです。

どうして餅が好きなのか‥‥と考えれば、
その歯ごたえが好きなのでしょうね。
すんなり飲み込めるばかりでは物足りないし、
噛み切れないものは、文字通り歯が立たないだけ。

噛み切ろうとする意志に対してほどほどに抵抗するものが
よいのでしょう。最初はそれなりに抵抗されるが、
最後には自分が勝つ(?)‥‥というぐらいのものが。
こういう風に言うと、個人の嗜好のようでいて、
そうとばかりは言えないように思えます。

‥‥と書いていたら、このネタは、一昨年、
北海道の出張のときに書いたことを思い出した。
まぁ、よしとしよう。
posted by pilz at 21:23| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月02日

1月2日

年賀状という習慣は年々廃れていっていると思っていたが、
1日のポストをみて、世間知らずを痛感したのだった。
しかもその年賀状の多くに、「ブログ毎日読んでいます」、
みたいなことが書いてあって、冷や汗をかいた。
今日も書いたよ、みてる〜(読者に手を振っている)。

今日は高校生に推薦した『レナードの朝』を
じぶんが推薦したのだから確認しておこうと観たのだけど、
やっぱりよくて、さすがにぼくが推薦するだけのことはあったのだ。
「せんせいが推薦されるものって、例外なくすばらしいですよね」
なんて、言ってくれるひとはいそうもないから、
正月から自画自賛しておくのだ。まいったか。

『レナードの朝』を観ていてひとつ感じたことがある。
ちょっと涙腺が弱くなってきた、ということ。
歳をとるとそうなってくるんだろう。まあいい。

それと、関係ないけど、今年からは一段落ぐらいの
短い文章を多用しようと決意した。そんな感じの1月2日。
posted by pilz at 22:40| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする