2014年02月28日

というわけで

今日は明確に飲んでおりました。ノムノムを送る会なのでありました。なにか自分ができる仕事はないかと、誰に言われることなく、いつも考えて探している姿が印象的でした。月曜日からはそれぞれの道を。
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タマネギ煎餅とバウムクーヘンと私

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本日の私のデスクの風景なのであります。私の、とてつもなく画素数の低い携帯で撮ったものなので、あまりよろしい写りではありませんが。ふくろう先生からいただいたタマネギ煎餅(?)を、NさんとKさんがてんこ盛りにしてくれております。ちなみに、GFG長にバウムクーヘンを献上する儀はすでに終了いたしました。これだけのお菓子があれば、今日もなんとかやっていけそうな気がします。

ちなみに、今日は遅くにもう一度更新します。なぜって? それは‥‥今日が‥‥
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2014年02月27日

『傍らにあること』

今日もちょっとだけど飲みましたって。池上先生のお疲れさま会なのでした。ぼくは、先生がずっと大学にいてくださったことのお礼を述べた。なにかをしてもらったことの感謝であれば毎日のようにしているけれど、べつになにをしていただくわけでもなくても、たとえ怠け者であったとしても(そうだったと言っているわけではない。念のため)、同じ学校にいていただいただけで幸せだったのだから。考えてみれば、池上先生や鷲田先生はこういうことの意味を哲学的に分析してこられたのであった。そうそう、池上先生の哲学エッセイが来月、筑摩から発売されるそうです。書名は『傍らにあること』だと聞いた(たぶん)。
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2014年02月26日

今日も

飲んでいましたのじゃ。シュン。
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2014年02月25日

ぴょん吉のこと

カメ吉のことを書いたら、以前、いっしょに暮らしていた
ぴょん吉のことを思い出した。ぴょん吉について書いた文章を再録。

ぴょん吉というのは、ぼくの部屋で生活をともにしているハエトリグモのことで、あるとき小さな小さなハエトリグモがいるのに気づいて、こんな餌もないであろうところに置いておくのはしのびないと部屋から出してやろうとしたのだが、なんどつかまえようとしても、あの身のこなしでぴょんぴょんと巧みに逃げるので、ついぞあきらめてしまった。ぼくはもうできるだけの努力をした。こんな哲学書と歴史書ばかりの砂漠のようなところで餌がなくて餓死したところで、それは君のせいであって、ぼくの責任ではない。

その後も、ぼくがパソコンの前で勉強をしていると、ときどきモニターの前を横切ったりするので、その度につかまえようとするが、けっきょくぴょんぴょんしてしまうのであった。それできっとひもじい思いをしているのだろうと心配していたのだが、あるとき、ぴょん吉が少しずつ大きくなっていることに気づいた。一週間前に見たときはもう完全に成長して大人サイズになっていた。やつは確実になにかを食べているのだ。なにを食べているのかわからなかったが、昨日、引越前の掃除をしていて、ちょっとわかった。ぼくの部屋には、どうも、ぼくとぴょん吉以外にも二種類の生物がいるらしいのだ 。コワイヨママ。

ひとつは紙魚(しみ)。どんなやつかご存じない方はネットでどうぞ。部屋には古本屋で買った古本がたくさんあるので、そういう経路で紛れ込んで生存しているらしい。もうひとつはダニ。タタミをよ〜く見ると、ふんにゃかうごめく極小の生物がいて、(・_・?)となったのだが、ダニであった。こやつらはきっと、ぼくからぱらぱらと落ちる皮膚の破片とかを餌にして生きておるのだ。いつのまにか、東京でダニを養殖しておったのですな。ダニ大漁。ハエトリグモがはたしてダニを食べるのかどうかしらんけど、もしそうだとしたら、ぼくはこの東京生活で立派にぴょん吉を育てあげたことになる。
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2014年02月24日

君を忘れない、カメ吉。

ニャン吉たちのことを書いていたら、カメ吉のことを思い出した。
いや、それは正確ではない。ぼくの心から、カメ吉のことが
消えてしまうことなど、一日としてなかったのだ。

で、カメ吉はいまどうしているかというと、
いまも元気にしていて、R先生の頭上で変わらずにいるのだ。

春になったら、カメ吉を懐かしむ読者貴兄のために、
カメ吉レポートをご報告することにしよう。
今度はつんつんするかもしれないよ。
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2014年02月23日

『銀の匙』

わけあって夏目漱石を読んでいた。小学校のころから
何度も読んでいるが、改めて読んでみて、文章のうまさに唸った。
軽快だし、それだけでなくて、隠しきれないバックグランド
ないし蓄積――教養と言ってもいいかな、がにじみ出てきている。

前に藤本としというひとの文章を紹介したことがあって、
すごい教養のあるひとだと思っているのだけど、
明治の知識人として生きた漱石の教養は、もちろん
藤本としのそれとはちがう。藤本は生きることの多層性が
蓄積になっているし、漱石は知識の広範性が蓄積になっている。
ああ、わかりにくい文章を書いてしまった。許せ、ニャン吉よ。

先日、「明治以降の文学者で好きなのは誰ですか?」と
聞かれたので、ここに書いておきましょう。

漱石と鴎外をまず考えたけど、じつはいちばん好きなのは、
漱石に習った中勘助かもしれない。中の作品はみな好きだけど、
なかでも、漱石に激賞された彼の処女作、『銀の匙』が好き。
ときどき、少年の感性を思い出したくなったときに読む。
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2014年02月22日

ニャン吉の春

毎朝、夜明けごろになるとネコが盛っておる。
なんというのだろうか、あの盛りの時期独特のネコの声がうるさい。
それで、一匹で鳴いておるぐらいならまだ許してやろうと思うが、
ときどきオスどうしがケンカをするようで、
フギャフギャフギャフギャーと、やかましいったらない。

なぁニャン吉たちよ、なぜにそなたらは、判で押したように、
毎年毎年、同じ時期に発情しはじめて、同じ顔ぶれで、
同じ具合で、フギャフギャフギャーとケンカしておるのか。

そんなこんなで、ニャン吉たちがわめきはじめると、
まもなく、わが山里にも春が訪れる。
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2014年02月21日

あじじ、あじじ。

バスを待つ。待ち時間15分。ふだんならなんでもないが、この寒さのなかの15分はつらい。あんまり寒いので、温かい食べ物のことを考えはじめる。このあいだ買ってきたワカメの味噌汁はまことに美味であった。タイ鍋が食べられる店が京都にもできてきたので、行ったつもりになってバス停で食べはじめる。ビーフンみたいなのが美味しい。あじじ、あじじ。あっ、まちがえて、唐辛子を食べてしまった。
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2014年02月20日

取材

今日はとある取材を受ける。しばらく話さなかったことを話してしまった。ぜんぶしゃべったら怖がられてしまう(どういう意味?)ので、ごく一部ではあるが。ともあれ、こういう偽りのない話をすると、どん引きされて二度と近寄ってもらえないか、よくわからないけど切れそうもない一本の線が繫がるか、の二つのパターンに別れる。若い学生の場合、前者の確率は9割5分で、後者は5分。きわめてマニアックな者以外は興味を示さない。それが40歳を過ぎたような、それなりの人生の酸い甘いを知ったひとになると、前者8割、後者2割ぐらいまでになる。どっちにしても、多数の支持ではない。
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2014年02月19日

うーん

おかしい。今日は飲む予定ではなかったのに。飲んでしまって、すっかりぐてっている(そんな動詞があるのか)。やばやばのスケジュールなのに、あぁ。まぁよい、今日はすやすやと寝て、明日にかけよう。いよいよ危なくなったら、部署の誰かが助けてくれるはずだ(自分でやれ)。
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2014年02月18日

無題

tori.jpg
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2014年02月17日

生きるための工夫

各駅停車が止まる駅。高校生か、中学生かな‥‥
制服を着た男子が二人、乗り込んできた。
A:「だから、金曜日は学校に行きたくなかったんや。」
B:「ぼくもや。」

なにかトラブルがあったのかと聞いていたら、
どうやら、バレンタインデーでさびしい思いをしたらしい。
まったくひとごとのはずなのだけど、ぼくも昔、
そんな思いをしたことがあったような気がして、
見えない共感の輪のなかに入る。

pilz:「でもさ、学校って、そういうどうしようもない現実を
受け入れたうえで、どうやったら生きていけるかの工夫をする場所
でもあるんだよ。生きるための工夫は、挫折からはじまるんだ。
がんばれ、がんばれ」。輪のなかで、声なき声でエールを送る。
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2014年02月16日

かまくら

金曜日から土曜日にかけては、あまり雪の積もらないこちら
でもかなりの積雪があって、近所の家の軒先には、子どもたちの
手になる雪だるま氏たちがいつまでも溶けることなく、
棒っ切れやらなんやらでつくられた虚(うつ)ろな表情を変える
こともできずに突っ立っている。最初はぎゃーぎゃーと騒がしかった
子どもたちも薄情なもので、自分たちがつくった人の形のことなど
さっさと忘れて、別のことにご執心のことなのであろう。

ちょっと変わっていると思ったのは、いくつかの家に、
雪だるまにくわえて“かまくら”がつくられていたこと。

なんでかまくらなのか、小学校でもかまくら学習でもあった
のだろうか、東北との関係、それともソチ五輪の関係なのか‥‥
あれこれ考えたが、よくよく考えてみれば、これまで、
雪だるま氏をつくるほどの雪は何度もあったにしても、
かまくらができるほどの雪ははじめての体験なのであった。
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2014年02月15日

今日は

ミステリーツアーでありまして、ここがどこかは、口が裂けても言えないのであります。ただ、ヒントぐらいは書いておくと、さきほどは、Kを食べたのでありました(そんなんで、わかるか)。浜からすさまじい風が吹きつけている。「先生にとって人生は風のつよいところであった」(暁烏敏)
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2014年02月14日

生きることに即した思考能力

入らなかったらよかったと後悔するような店にまれに出会う。
そういう店は比較的小さく、扉を開けたとたん店長(シェフ)
と出くわすような店なのだが、目が合ったとたん、
二人の視線がバチバチとぶつかりあって、ぼくはなにかを感じ、
相手もぼくが感じたことを瞬間的に読み取る。相手がなにかを読みとって
ぼくを警戒すべき人物と判断したことをぼくもまた瞬時に読み取る。
この間、およそ1秒。こうして、辺りにただよう警戒感に、
来てはいけなかった店に来てしまったことを後悔しつつ、
重苦しい食事がはじまってしまう。

東京で、はじめてもんじゃ焼きを食べたのがそういう店だった。
警戒電波をヒリヒリ感じていたから自分で焼きたかったのだが、
あいにく未知の食べ物だったから焼いてもらわざるをえなかった。
こうして、記念すべきもんじゃ一号の味はよくわからないまま終わった。
もんじゃ焼きはそれっきり。

奈良でもあった。若いシェフの目をみたとんいかんと思ったが、
よりによって珍しくもコースを予約していたことが災いして、
美味しいサラダからはじまる気まずいコースを堪能した。

ぼくはかつて品行方正(もう少しべつのいいかたはないのかな)
でなかったひととか、いま品行方正でないことをウソでごまかしている
ひとであることが目を見ればだいたいわかってしまう。
そしてそういうひとたちというのは自分の隠そうとしていることを
見破られることをいつも警戒しているから、
見破るぼくのことがわかるのだろう。

こういうのを第六感とか特殊な直観能力というひとがいるかもしれないが、
ちがうと思う。ぼくは一日を生きるために品行不方正から自分を守ることを、
ウソを見抜くことを強いられてきた生活が長かったから、痛い経験たちを
蓄積したデータベースと、データーベースに検索をかけて瞬時に行動を選び出す
(=分析する)ような〈生きることに即した思考能力〉をもってしまっただけで、
特殊な直観能力があるわけではない。たぶん、ぼくの心の動きを瞬時に判断した
店主たちも同じような思考能力をもっているのだろう。
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2014年02月13日

他人に自分を見る

マスクをかけていると、吐息で眼鏡が曇って前が見えない。
不便なものだ。駅の待合い室で、やはり眼鏡の曇った、
マスク姿の男性と向かい合わせた。曇り具合が気になってジロジロ
(なんせ眼を凝らさないと見えない)見ていたら、
先方もこちらを見ているらしく、眼というか “曇りガラス”
が合ってしまい、お互いニヤリとした。

自分では見えにくい自分の姿を他人に見るのは、
なにやら照れくさいものらしい。
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2014年02月12日

校了

「人間・清沢満之シリーズ」を今日、校了。
この執筆のためにとてつもない時間を使ってしまって、
いろんな仕事を遅らせてしまったけど、その分、
これから働くので許してください(ウソです)。

なにも言わず、黙って、ぼくに自由に書かせてくれた部署に感謝。
おかげで、ぼくは執筆に全力を尽くすことができた。
一文一文、自分で責任をとれる文章を書くことができた。
G君への感謝は、ここには書かない。
(なら、どこに書くのだ。)

ともかく、シリーズ12回分は、10月のシンポジウムの採録と、
『朝日新聞』のインタビュー記事の再録とともに冊子になるので、
つぎはその編集の仕事にがんばるのだ。
(他の遅れている仕事も、ちょっとだけします。)
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2014年02月11日

無題

eki.jpg
今年はもう花粉症の症状が出てきた。くしゃみがとまらない。
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2014年02月10日

つるやのサラダパン

H君につるやのサラダパンをもらった。ご存知ですか?たくあんが入ったパンなのです。お腹が減ったので、夜食にむしゃむしゃ食べる。おいしかった。みんなからもらってばかりで、どうしたらいいのやら。
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2014年02月09日

お人形さんのようにかわいい

電車のなか、四人の親子に出会う。お父さんアメリカ人、
お母さん日本人、そして、三歳と四歳の姉妹(すべて、当方の推測)。
娘たちは、おめかしして、ちょっとしたドレスのようなものを
着せてもらっている。子どもがやたらと好きだというタイプではないが、
自然と「お人形さんのようにかわいいなぁ」と思う。

でも、「人形のようにかわいい‥‥」と感じるのには、違和感もある。
もともと人間に似せて作ったはずのものに人間が似ている、
と言って喜んでいるようなものだからだ。もともとなにかの意味で
人間をモデルとして作ったはずのものが、いつしか途方もなく独り歩きして、
それに似ていることを人間が誇るようなものになり、場合によっては、
それに似ていることを迫ってきたり、似ていないことを罰したりする
怪物のようなものとなることは、よくある。
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2014年02月08日

終わり切る

清沢の第12回原稿を校了にできず、ぐずぐず書いている。
「これでよい」と思えないので、そういうことになる。
終わり切るにはエネルギーが要るのだ。

以下は、住田智見による清沢の回想から。
四五人打ち寄りて談話していた時、先生も居られた。
一人云うよう「命を捨てる気になれば、何でも出来る。」と。
先生云はく「命を捨てずに何が出来ますか。」と。

ともかく、最終回の題は「信ずるは力なり」にすることにした。
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2014年02月07日

風景

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2014年02月06日

忘れていた。

こういうときのぼくの仕事は、じっと座っていることだと
書いたはずなのに、それを忘れて下手に立ち上がってしまう。
いかんことだ。思えば、ぼくの前のセンター長は、
こういうときには必ず、じっと座っていて、
にっこりしていたような記憶がある。

たとえ前で●がさかんにステップを切っていても、
隣で●●さんがひっきりなしに段ボールやなんかを運んでいても、
ぼくはひたすら座っていて、いつのころからかぼくの前に
いるようになったキノコ&イモムシ(今日羽化した)に
話しかけつつ、ときどき居眠ったりなんかしているべきなのだ。
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2014年02月05日

「見ること」と「会うこと」

非公開の墓地に訪れる際のコツは、「お墓を見せて下さい」ではなく、
「お墓にお参りさせて下さい」とお願いすることだと書いてあるのを読んで、
当たり前といえば当たり前だけど、なるほどなと思った。

そういえば、若かりしころ、とあるエライ方の奥さんに会ったことを
「見た」と口を滑らせてしまって、やんわり叱られたことがある。
「見ること」と「会うこと」のあいだにはなにがあるのだろうか。
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2014年02月04日

無題

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今日の帰りは冷蔵庫のなかにいるようだった。明日も寒いらしい。
地方入試担当の方は、風邪を引かれぬよう。
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2014年02月03日

無題

kinoko-owl.jpg
明日から一般入試。清沢原稿は書けていないけど、
入試中になんとかするので、すまぬ、G君。
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2014年02月02日

「驚異の小宇宙 人体T」

こないだ、OさんとFさんと話していたときに、
蓮如がええ声やったんやないか、という話が出てきた。
あんだけの布教力は、ええ声なしにはでけんやろ、
ということだったような、ちがったかな。

それで、ええ声のお坊さんと言えば、
うちの大学では、某先生の伝説となるのである。
これについては、いつも、哲学科のCKPせんせが話す話が
あるのだけど、ぼくなんか、上品さをとったらなにも残らない
ような人間だから、そういうことは、ここでは話さない。

それにしても、ええ声ってどんな声を言うんだろうね。
哲学科だったらWさんになるのだろうけど。
ともかく、ぼくはええ声だと言われたことがない。
要は、自分の好きなひとなら、ええ声なんじゃないか。
違いますか? はぁ、そうですか。

このごろすぐに「キノコ的逸品」にもっていく傾向がある
ような気がするけど、今日も、ナレーターで
ぼくの好きな声をあげるとしたら、男性なら久米明。
幼いころ、「すばらしい世界旅行」という番組のナレーション
をしておられて、いまもご存命なのがうれしい。

女性なら山根基世さん。NHKスペシャル「驚異の小宇宙人体」
とか「映像の世紀」のナレーションは忘れられん。
映像はもちろん、久石譲や加古隆の音楽も絶品だった。

「驚異の小宇宙 人体T」の第1集と第6集なんて観た日には、
このぼくでも、3時間ぐらいは善いひとになれる、ような気がする。
無理ですか? はぁ、そうですか。ともかく、若い人には
観て欲しいのだ。世の中の出来事をささくれた心で受け止める
可能性をほんの少し、引き下げてくれそうな気がする。
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2014年02月01日

『忘れられた島』

なにか心がささくれていた。
夜遅くなのに冷蔵庫にカフェオレをみつけて
がぶ飲みしてしまう。最悪だ。

なにがささくれているかと考えれば、
明後日が初稿締め切りの清沢原稿が書けていないのだ。
そうなのである。今日一日、なにをするでもなく、
へろへろと遊んでしまったのだ。

昨日、学生が白神山地で見た星空は衝撃だった、
とか抜かしおったものだから、にわかに白神山地を
調べたりしていた。沖縄にも行こうと約束したものだから、
沖縄や離島の本を読んだりしていた。

沖縄、離島の本で好きなものを書いておこうか。
池澤夏樹『神々の食』(文春文庫)。この本を読んで、
沖縄に行きたくならないひとがいたら、どうかしている。
(また自分をスタンダードにして、もう。)

もう一冊は、『忘れられた島 』(復刻版岩波文庫写真集)。
これは、読んで好きになるひとは少ないかな‥‥
復刻版で森まゆみが「平均化される前の暮らし」と書いている。
平均化や均質化もけっこうだけど、 unique さを推す。
「上三島」の先生はすごいがんばってたんだ。
生徒たちには希望があった。えらいな、えらいな。

あまりにもマニアックな本なので、
「キノコ的逸品」に収録。
posted by pilz at 23:28| 京都 ☀| Comment(0) | キノコ的逸品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする