2014年04月30日

行きつ戻りつ

おかしい、おかしいと思っていることがある。
ここに記事を書くときは、過去記事と重複がないように
記事内検索をかけているのだけど、明らかに重複していると
脳が赤信号を出しているような記事でも検索にかからないのだ。

「1993年」なんか、きっと重複していると思うのだが、
何度検索してもかかってこない。おかしい。
そんなに重複していると思うなら、自分で記事を調べろと
おっしゃる方もあるかもしれないが、もう700近く記事を書いて
おるのです。そんなの、調べてられますかってんです。

というわけで、もう重複があってもええのです。
行きつ戻りつの人生なのであります。
(なんでも人生論にするな。)
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2014年04月29日

リスト掲載

「君らの学校に授業に行くことにしたで」と言ったら、すごく嬉しそうな顔をして、「ありがとうございます」と言った。この「ありがとうございます」を、「忘れられない言葉リスト」に載せることにする。
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2014年04月28日

1993年

tsuri.jpgときどき、かつて出会ったひとの名前を検索にかけることがある。小学校から高校にかけて出会ったひとたち。その後どうしているかと、気になることがあるのだ。なんど調べてみても検索にかかることはほとんどないが、それでもときどき調べてみる。そんなひとたちのなかで、とりわけ気になっていた男がひとりいた。

そいつは小学生にして、将来、自分は映画監督になるのだと公言していて、
映画以外のことには興味がないかのようであった。特に映画が好きなわけでも
なかったぼくは、どちらかといえばそいつとは馬が合わなかった。
いや映画が好きとか嫌いとかいったことは理由ではなかった。
いまから思えば、そのころのぼくは夢やら希望を臆面もなく話せる人間、
そのようなものに向かって走りだせる人間が疎(うと)ましくて
しかたなかったのだ。

今日検索をかけてみたら、はじめてそいつの名前が検索にかかった。
映画関係者何人かとの集合写真。まごうことなくそれはあの男だった。
東京に住んでいるらしい。「カメラマン」と書いてある。
その写真は1993年当時の写真をメモリアルとして貼ってあるもので、
その後の足取りはようとしてわからなかった。だが、少なくともやつは
1993年まで公約どおり夢を追いかけていた。やられた、と思った。
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2014年04月27日

フロントランナー

「どういう仕事をしているのですか?」とよく問われる。
傍から見ればわかりにくいのだろう。高校に行くと、
それなりに事情を理解しようとするようで、ときどき、
「入試関係の責任者ですよね?」といった言い方をされるが、
当たっているとも言えるし、当たっていないとも言える。
「そんな感じの仕事です」とお茶を濁しておく。

かなり内輪の話になってしまう。お許しを。
ぼくがしているのは大谷大学を大学にすること、ではない。
大谷大学を大谷大学にすること。ちょっと言い過ぎた。
大谷大学が元々もっている独自性を、ぼくがかかわれる範囲内で、
できるだけはっきりしたものにすること。

ただし、その独自性は、人間を育てる教育機関であれば、
どの大学であれ、いつか「あれ?なにか前にあるぞ」と気づいて、
追いかけて、身につけようと努めざるをえないようなもの。
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2014年04月26日

練乳の衝撃

ichigo.jpg
今日はこんな日だったということです。3年分は食べた。
“マイ練乳” を持ってきている人がいたことに衝撃を受けた日でもあった。
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2014年04月25日

人文情報学科松川ゼミによる大学紹介ビデオ

大学紹介ビデオができました。松川ゼミ生による制作です。力作です。
YouTube公式チャンネルで公開されていますので、ご覧ください。

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2014年04月24日

アイスクリームの味

学生とアイスクリームを食べようと某店に行ったら、
テレビ局の取材が入っていて、買えなかったのであった。
もう、せっかく行ったのに。

よく見る顔の芸能人がアイスクリームを食べていて、
周囲のやじうまが「小さい」と言っている。
テレビで観る印象よりも小柄だということなのだろう。
じっさい、かなり小さなひとに見えた。

関係ないけど、明日の授業はアイスクリームの味について。
バニラアイスクリームを食っているAさんとBさん。
Aさんにとってのバニラアイスの味が、Bさんにとっての
チョコレートアイスの味でないとなぜ言えるのか、
というお話について、おもしろおかしく議論するのだ。

なになに、「そんなこと考えてなんの役に立つのか」って?
まぁまぁ、そう肩肘張りなさんな。誰もがあなたのように
24時間立派なひとでいようとしているわけでもないのだ。
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2014年04月23日

春の花(2)

hotoke01.jpg
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2014年04月22日

今日も

飲んでおりましたのじゃが、病み上がりゆえに、飲んでよかったのか、微妙なところでもあります。いくつか仕事を遅らせていますので、明日から、それなりになんとかするよう努めまする。
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2014年04月21日

巡礼者

高校の先生と話していると、なぜかぼくを知っている感じがある。
おかしい‥‥ここをぼくが訪問するのははじめてのはずなのに‥‥
話すのをストップして記憶の糸をたぐりはじめると、「じつは、
先生の個人研究室におじゃましたことがあるのです」とおっしゃる。

とつぜん、記憶の糸がつながりはじめる。この高校からは昨年
3人の高校生がオープンキャンパスの際に研究室を訪問してくれて、
そのうち、1人を除く2人の学生が哲学科に来てくれたのだけど、
その唯一、哲学科に来なかった “高校生” が目の前の先生なのだった。
あまりにも若く見える顔立ちに加えて、あのときは私服で来ていて
素性も知らせなかった(説明する機を逃した)‥‥らしい。

勝手に信じて疑いもせずに、ぼくは、あのとき、3人の “高校生” と
ため口で話していたのであった。そら、大学生になるわけないわな‥‥
もちろん、ぼくはそのときの無礼をわびたのだったが、
先生はむしろ、素の大学教員を見られたことを喜んでおられた。
「先生は一般的な大学教員の印象とはちがいますね」とも言われた。

そこで、もう裸の自分を知られているのなら話は早いと、ギアを上げて
話し込んだのであった。こういう出会いのある高校訪問なら、
「巡礼の旅」と呼びたい。巡礼者になるのも悪くない、と思った。
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2014年04月20日

発熱時食品

なにやらいまひとつわからない熱が出ていたが、今日、なんとか
平熱に下がった。ご心配をおかけしました。ぼくも心配しました。

熱が高くなると、身体が受けつける食事は少なくなってしまうのだろうけど、
ぼくの場合は、たいていの熱でも食べることができる食品がふたつある。
そのことを、今回、改めて確認した。ひとつは、リンゴ。
そしてもうひとつは、なんと、シーチキンなのだ。

ぼくらは、ふだんどうしても食べられない食材、
たとえばぼくの場合は、“怨敵” こと鶏肉、のことをあれこれ、
くそ〜煮物に入りおってとか、ことごとく王将のセットに入りおって、とか、
いまいましく考えるのだけど、身体が外敵との戦いに危急存亡のときにでも、
いってみれば、じぶんのまもりに一杯一杯になっているときにでも、
安心して食べられるものがなぜ食べられるのか‥‥ということを
考えてみてもいいのかもしれない。

ここではその理由を書きたいとは思わないが、
ぼくはリンゴとシーチキンであればなぜ食べられるかの理由を
うすうす知っているような気がする。両者には強い感謝の念を抱くが、
ただ、シーチキンの名称に含まれる「チキン」については、
アメリカ人の命名センスに強い不満をもっている。
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2014年04月19日

春の花(1)

akebi.jpg
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2014年04月18日

不明

けっきょく、熱は下がらなかった。
様子をみたことが判断ミスだったかと思いはじめている。
ともかく今日は寝ます。
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2014年04月17日

落とし物

駅のホームに降りたら、開いたドアに近いホームの上に財布が落ちていました。
ぼくが見つけたのとほぼ同時に車掌が見つけ、彼が拾うに任せました。
てっきり車掌は「どなたか財布を落とした方はおられませんか」
というような声を出すのだろうと見ていたら、なにも言わず、
財布を持ってすたこら駅舎の方へ行ってしまいました。

すぐに「誰のですか?」と聞けばよいのに冷たいひとだと思ったのですが、
しばらくして、それはぼくの考えちがいだと気づきました。

まったく関係ないひとが「自分のものです」と言って、
それを鵜呑みにして渡してしまえば、もとの持ち主に迷惑がかかるからです。
「自分のものです」と言ったひとがカンチガイをしたのなら、
そのひとにもあとあと迷惑(窃盗の嫌疑)がかかります。

やさしさとか、責任を果たすといったことは、
闇雲にすべてを信じ込むこととは別のことなのでしょうね。
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2014年04月16日

しゃべる自販機

飲み物を買うと、べたべたの大阪弁やらでべらべらと話しはじめる
自動販売機がある。ジュースを買った女性が友人にいっている。
「恥ずかしくて、ひとりでは買えんかったわ」。

自販機というものができたとき、どこでもいつでも買えるという
便利さを喜んだひとは多いだろうけど、その便利さのなかには、
「あぁこれでひとと話さずにものを買うことができる、やれやれ」
ということも含まれていたのではないか。

「いらっしゃいませ」「まいど」「どれにいたしましょうか」という
話しかけは、円滑なコミュニケーションの手段であるにしても、
買い手の側にも都合があって、今日に限っては話しかけないで欲しい、
この店については「まいど」といってほしくない、
そっとしておいて欲しいということもある。

みんなかどうかはわからないが、少なくともぼくは、いつもつながりを
意識しながら生活しているのではなく、つながりを微妙にオンオフしながら
生活している。どうしてもつながりという言葉が必要なら、
つながりを維持するためにつながりをオンオフしている。

四六時中つながりを十分に意識できなければやっていけないというなら、
そのほうが非常事態なのだ。「いらっしゃいませ」を全店員で “輪唱” する
合唱系の飲食店や、マニュアルどおりに店全体で前のめりになって
話しかけてくるコンビニが多くなってきたなかで、ものいわぬ自販機は、
ときに、つながりを過度に求める時勢のなかでは「いま飲みたい」という
渇きを癒すときのオアシスなのではないか。

もちろん、話しかける自販機がこうして話題になること自体が
メーカーとしての広報的な狙いなのだろうが。
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2014年04月15日

9割方

熱が下がらない。高校生たちに会う予定があったので、しぶしぶ病院に行く。
いろいろ検査したあげく、「9割方、インフルエンザではないでしょうから、
様子をみましょう」と言われ、ちょっと複雑な気分になる。といっても、
「100%そうでないとは言えないので、今日は大学に行かないでください」
と言われるのはもっと困るので、よしとする。

学校に戻り、模擬授業で高校生たちが出してくれた答えは、秀逸のものばかりで、
こういう考え方を聞かしてもらえるのは役得だと思った。
「様子をみましょう」と言ってくれた医師に感謝した次第。
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2014年04月14日

フルーツ牛乳

おかしい、おかしい、と思っていたら発熱していた。心当たりがある。三年目の第一の課題は「健康」と書こうとしていたら、こういうことなのである。小さなころはしょっちゅう熱を出して小児科に行っていた。いつも窓口のところに美味しそうな色をした飲み薬が置いてあって、フルーツ牛乳のようだった。いつか飲んでみたいなと思っていたら、あまり行かなくなって、ついぞ飲むことなく今日に至っている。
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2014年04月13日

白い犬

バス停に立っていると、初老の男性に連れられた白い犬が前を横切っていく。
鼻先が地面につくのではないかとハラハラするほど犬の首はうなだれていて、
いつ倒れるとも知れないような足どりでよたよた歩いている。

男性は犬の前をゆっくりと一定のスピードで歩いていて、
振り返って犬を見ることはない。いつもの朝の風景なのだが、はっとした。
この山里に住みはじめたころ、若い女性がワンワンと騒がしい白い犬に
引きずられるように散歩しているのを毎日のように見たが、
あの犬がこの犬なのであった。

犬の足取りは見る度におぼつかなくなっていく。ぼくはこれまで
動物もまた老いるということを知らなかったかもしれないと気づいた。
かつてたった一度だけ飼った犬は、うまくしつけることができなくて
鳴き止まない犬となってしまい、知らないうちにどこかに引き取られていった。
何度も飼った歴代の猫たちは、自由気ままに生きてぼくを楽しませてくれたが、
どれもこれも、いつの間にかいなくなっていた。
ぼくは最後まで責任をとったことがない。
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2014年04月12日

あぁそうさ。

今日も飲んでいたのさ。「休肝日が必要ですね」と言われた。
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2014年04月11日

今日も。

ああ飲んでいたさ。それが悪いとでも言うのか。私を責められると思う者があれば、石を投げてみよ。
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2014年04月10日

今日は

出張。運転してもらってぼくは車中の人。ずいぶん久しぶりに車酔いする。小さなころは車に乗せてもらう度に酔っていた。いつごろからか酔わなくなって、もう酔わないかなと思っていたのだけど、まあたまにはよい。

歳をとって酔いにくくなったのはなぜだろうか。鈍感になったからなのか。
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2014年04月09日

今夜なに色?

b0037269_2226819.jpg夜が長いという感覚を長く失っている。ある時期を境にして、なによりも睡眠時間を重視することになったから、夜の長さを実感するすることがなくなってしまったのだ。

昔はこんなではなかった。大学生のころはもっと秋の夜が長かったし、高校生のころはとてつもなく長かった。高まる不安やら孤独やらなにかわからない暗い情念の群れが夜ごと襲いかかってきて、どうしたらよいのかわからなかった。高校の秋、親友に話しかけたことを覚えている。「この長い夜、やりきれんよな」。やつはぼくの思いを読み取って、ニヤリと笑いやがった。畏友だった。

「今夜なに色?」という深夜番組があった。新野新が司会をしていて、
西川のりおが出ていた。大貫妙子のオープニングソングはちょっと変わった
感じで、好きな曲だった。視聴者からの相談を毎回読み上げ、
西川のりおらがそれについての意見を言う。相談はいつも重々しいもので、
西川のりおはいつも、もうひとりの女性と激論を交わしていて、
その熱の入りようは尋常ではなかった。

ときには泣きながら意見を言ったりしていた。ぼくもまたテレビの前で
どうしたらよいのか全身で答えを探していた。自分とは関係のない相談事に
なぜあんなにも一生懸命だったのかわからない。番組が終わっても考え続け、
そうやって夜がふけていった。あるとき、やつに「お前も観てるか?」と聞いたら、
やっぱりニヤリと笑った。
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2014年04月08日

人類の知的遺産

昨日から授業がはじまった。ckpせんせの授業は立ち見が出たというし、
ワッシー先生の教室も受講者を収容しきれないということで、
早速、教室変更になったと聞く‥‥と書こうと思ったら、
ckpせんせがもう書いていたのである

ckpせんせの記事を読んでいると、パクチーせんせがまた翻訳を出すらしい。
パクチーの古典の翻訳なんかは、歴史に残る人類の知的遺産と言っていいもの。
また一冊、これまでええ加減な翻訳で理解不能だった古典が読めるようになるのだ。
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2014年04月07日

極秘プロジェクト

Cで極秘プロジェクトが進められているらしい。
その詳細は、C長という責任ある立場上、
口が裂けても言えはしない。

が、それさえあれば、意味もなくFさんのところに
ぷらぷら遊びに来ただけで印鑑をもっていない場合でも、
書類に印鑑を押すことができるし、大した用件もなく、
二次元氏の様子を探りに来ただけでフリクションペンをもたない
ときであっても、フリクションペンを取り出して、
不必要なほどに書類に赤を入れたりできるのである。

いや、もっとべつの可能性も考えられる。
例えば、不意のキノコ鑑定にも対応することができるだろうし、
突然の用事にそなえて、輪ゴムや飴ちゃんを入れておく
こともできるのだ。(大阪のおばちゃんか。)
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2014年04月06日

飯ごう炊さん

朝から地下鉄の駅に、大学生らしき集団。
大きな鍋をかついでいる男性がいて、ん?と思ったら、
飯ごうをもっている男性もいる。女性たちは、ネギやら、
シャウエッセン(たぶん)やらを袋ぱんぱんに入れていて、
飯ごう炊さん(死語なの?)に行くことがわかる。

女性がもっているシャウエッセン(わかる?)を見ていると、
あれを炭火で焼いて、かじったときのぱりっという食感と、
ほのかな炭の香りが脳内に漂ってきて、じゅるりとなる。
シャウエッセンは粗挽きのソーセージなのだけど、
あの食感は、けっこう革命的だったんだよ。
あぁ、しばらくバーベキューしてないよな‥‥

でも、家でソーセージ焼いて、平和に食っていればいいのに、
なぜときどき、鍋やら鉄板やら重い思いをして、運んで、
それを不便ななかで食べようとするのだろうね。それでまた、
なんでそれが格別に美味いんだろうね、ニャン吉よ。
いつも野で食っているそなたにはわかるか?
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2014年04月05日

ムカデメリベ

hana.jpg
今日のコーディネーターの仕事は(も)あかんかった。
ぐだぐだであった。あぁもう、もっと聞かねばならない
大切なことがあったのにそれを忘れて、ぜんぜん関係のない
ムカデメリベ(ウミウシの種類ですよ)とその仲間たち
を観て喜んでいたのであった。

津村記久子さんにずいぶん助けてもらった。
対談者に助けてもらうコーディネーターとは、私のことです。
準備をしたUさんにも、当然のことながら、感謝。
タイトなスケジュールのなか、よく実現までこぎつけたと思う。
(写真はハナデンシャ。撮影は我が友、半魚人。)
posted by pilz at 23:08| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

かすかな光

ここに書いていることは虚実皮膜の間というほどではないが、
必ずしも事実ばかりではない。とくに、デリケートなテーマに近づくときは、
問題が生じないように、主体や時間や空間を操作してあることが多い。

でもそれでも、書いているのはエッセイの類いだから、
やはり日常の喜怒哀楽をどうしても映し出すことがある。
これは避けられないし、やっきになって避けているわけでもない。

哀しいとか悲しいという思いは、たとえばひととの別れにしても、
なにかしら消化できるようなものであると思えたときにだけ書く。
鬼籍のひとを書くときには物語のなかに落とし込んで書くようにしている。
でなければ、読んだ者のエネルギーをいたずらに削ぐだけだからだ。

だが、ただ一度だけ、どうも消化(昇華?)は無理だなと思いつつ、
学者としていつも悲しく感じていることを投げつけてしまったことがある。
ぼくはそれを、よい意味でも悪い意味でも波風の立たない静かな鏡面、
のようなものとして表現した。

きっと誰も気づかないだろうと思っていたら、
ひとり、気づいていたひとがいて、ぼくは驚いた。
posted by pilz at 07:12| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

薬缶

yakan.jpg
この写真は使ったような‥‥

薬缶とは関係ないけど、明後日は若葉祭。
14時からは津村記久子さんたちとの座談会がある

津村さんは、大谷大学の客員教授に就任したのだよ。
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2014年04月02日

ポスト狸先生の哲学科

今日は1年生との顔合わせ。今日もワッシーはおしゃれで、
1年生たちはワッシーの話にじっと聞き入っていた。

ニューフェイスのワッキーは、じぃーっと動こうともしない
ぼくを尻目に、ちゃかちゃか動いていたのであった。振り向いたら、
靴を脱いで、椅子に乗っかって板書をしていて、驚いた。
やはりあなどりがたし、ワッキー。

CKPせんせはギャグを言いまくり、Wさんはええ声で、
今日も今日とて、安定的なパクチーは名誉学科主任なのであった。
そこまでやるかというぐらい丁寧に履修指導をするこの学科は、
わが学科ながら誇らしい学科なのである。

3月の卒業式のときに、パクチーがソクラテスの言葉を引いて
「美しく生きるのはむずかしい」と言っていたが、
パクチーが言うものだから、しみじみ沁みた。
posted by pilz at 22:58| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

すんでのところで

ブログの存在を思い出す。今日忘れたら、今年度は適当に更新ということでやったのだろうけど‥‥。というわけで、まさかの『大路小路』、3年目突入。
posted by pilz at 23:18| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする