2014年05月31日

極彩色の刺繍の付いたふかふか座布団

とある球技の試合をちらりと見たら、ほかの簡単なシートとは比較を絶した、
場違いとも思える超リッチなシートが数席、観客席に設けられていて、
そこには数人の王族らしき人たちが座っている。その国のその競技の
パトロン(経済的な支援者)のような存在なのかもしれない。

それを見て、小学生のころに家が入信していた宗教の集会のことを思い出した。
その集会では、信者たちを前にして、ずいぶんと偉い人らしい女性が講話を
していたのだが、その話がいつもつまらなくて、ぼくは辟易していた。
その話のつまらなさは(話の内容はあえて問わないとして)、
その女性の姿勢にかかわるものだった。

会場は畳敷きになっていて、そこにぎゅうぎゅう詰めで座る信者たちには
ペラペラのせんべい座布団が配られた。講話をする女性は一段高いところで、
ここまでの座布団が世の中に存在するのか!! と、感嘆符を二つ付けたくなる
ほどの極彩色の刺繍の付いたふかふか座布団に座って、講話をはじめる。

1時間‥‥2時間‥‥。それは子どもにとっては永遠に続くとも思えた。
やがて小さな子どもたちがむずがり出し、泣きはじめる。脚が痛いのだ、
無理もない。泣き声が聞こえているのか聞こえていないのか、
女性は半ばトランス状態になって薄目で上の方を見ながら、
いつ終わるとも知れない話を気持ちよさそうに続けるのだった。
posted by pilz at 23:43| 京都 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

本日は

ゼミコンでありまして、かつ、フィールドワーク(ゼミ遠足)なのであります。せないかん仕事がよおけえあるのですが、あたしゃ、学生とのワーク(遠足)をとりまする。なぜかって?山がぼくらを呼んでいるから。
posted by pilz at 07:02| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月29日

京都翔英高と大谷大連携

先日書いたF氏の授業が新聞に掲載されていたので、載っけておきます。
大谷大学と京都翔英高校FAクラスとの高大連携作業。

http://kyoto-np.jp/education/article/20140528000034

ちなみに、記事には7月からはじまる集中講座が5回の授業と書いてあるけど、
翔英の教員と、6人の大谷大学教員が協力して実施する講座で、
計、15回の授業。各先生は、なんとかおもしろい授業にしようと、
準備に気合いが入っているのだ。

posted by pilz at 09:37| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月28日

今日は

決して飲んでいたわけではないにしても、電車のなかであります。急行に乗れたから、よしとする。先週、さんざん遊んでやったから明日の5限目のセミオフィスアワーは休止するのだ。よいな、ゼミ生たちよ。
posted by pilz at 23:38| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月27日

酒飲みの理屈

今日は高校で哲学の授業。といっても、担当はぼくではなく、F氏。
150人の高校生を相手にして、しかも1年生から3年生の
ミックスクラスで、哲学の授業をするなんて、前代未聞ではないか。
ぼくが担当者だったら、恐れをなしてかさかさと逃走しただろうが、
今日は担当ではないということで、高みの見物をしていた。

出張が終わってからは卒業生とぐだっと飲んだ。
まぁコンパで飲んでいるなんてうちは子ども相手に飲んでいるような
もので、ぐだっと、できればさしでじっくり飲むようになって、
人間的な付き合いも次のステップに進むのだ。
これは酒飲みの、都合のよい理屈かな‥‥

*あまりの誤字脱字の多さに修正いたしました。
posted by pilz at 22:36| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

行き先不安

鍵を開けて家に入ろうかと思ったら、鍵がない。どこにもない。
どうやら、学校に忘れてきたらしい。あいにく、家人の姿はない。

雨のなか、玄関先にずっと立っていることもできず、
かといって、生け垣を乗り越えて家に侵入することもできず、
最寄りのバス停まで戻り、ともかく、これを書いている。
夜遅く、真っ暗のバス停でパソコンを打っているおっさんは怖いだろうな。
さぁ、これからどうなることか‥‥
posted by pilz at 22:31| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月25日

エッセイコンテスト

今日は名古屋で出版記念パーティー。ぼくの、ではない。知人の。愛知県とかかわることはあまり考えていなかったけれど、少しずつ増えてきて意外な感じがしている。今日の知人にしても暁烏敏や多田鼎の発表をしたときに会った人だから、よくよく考えれば、清沢満之つながりなのだ。

先日発刊した清沢冊子を使ってエッセイコンテストを実施することになった。中高生部門と一般部門(大学生を含む)があるので、またいろんな人と会えれば‥‥と密かに願っていたりする。詳細は改めて。
posted by pilz at 14:34| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

断固、卒業生優先

なんだか偉そうなことを言うと、ときどき、誰に会うのかの
優先順位をつけなくちゃいけないときがある。困るのは、
在学生と卒業生のどちらを優先するか、ということ。

こういう場合、在学生こそを優先すべきなのかもしれないが、
ぼくはたいてい、卒業生を優先する。というわけで、
ぼくの優先順位の原則は以下のようになっている。

卒業生>在学生>K・N部>学科>その他

もう少し詳しく、正確に言うと、最近はこんな感じ。

卒業生>在学生>高校生>K・N部>>>学科>>その他

いずれにせよ断固として卒業生を優先するのは、卒業しているとなると、
そうそういつでも会えるわけでなく、チャンスを逃してしまうと、
もうそれっきり‥‥なんてこともあるからだ。その点、
在学生は今日会えなくても、明日、会うこともできるだろう。
それに、卒業生を優先するということは、その優先権を在学生もまた、
卒業したときには得ることができるということでもあるのだ。

本当のことを言えば、「今日会う」ということを明日や明後日に
差し替えることなんか、できはしないのだけど‥‥
posted by pilz at 23:46| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月23日

今日もまた

飲んでいましたのじゃ。気づいたらカウンセリングって感じ、かな。
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2014年05月22日

ジャポニカ学習帳

小学生のころ、大きな台風がやってくると聞くと、どきどきしたものだ。
いっせいに雨戸を閉じたり、屋根瓦を点検したりする人たちを見て、
なにやら頼もしいような感じがした。台風という非日常に胸をときめかして
いたのかなぁと思っていたが、日頃はいがみ合ってどちらに向かっているか
わからないバラバラの人たちがとつじょとして一つの方向に向けて力を合わせ
るということに可能性を見ようとしていたのかもしれない。

あるブロガーさんが、街角を救急車が通り抜ける際に他の車たちが通行に
協力する姿を見るのが好きだと書いていて、ぼくは共感したのだけど、
そこには、台風の際のどきどき感と似たようなものが含まれている気もする。
そういうタイプの美しさはたぶん崇高な種類の美に近いものなのだろうけど、
ときには危険な美しさでもあることに注意しなければならない、
とジャポニカ学習帳には書いておこう。
posted by pilz at 23:00| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

もったいない。

もったいなくて仕方ない、といつも思うものがある。
ホッチキス(ホチキスなのかどうなのか)に新しい針を入れて
閉じるときにガチャンとしてムダに出てしまう1回分の針。
これがもったいなくて仕方ないのだ。

こういうことを言うと、そんなささいなこと、
もったいなく感じる必要もない、と言われるかもしれないが、
もったいないというのは、たいがい、比較的小さなことに
向けられる言葉で、とてつもないムダには、もったいない
と気づきさえしないんじゃないかな。

たとえば、ぼくがC長の部屋でホッチキスの針をもったいない
と思っているとして、どんな大学でも学生募集が生命線に
なっているわけだから、C長の部屋にぼくがいること自体が、
とってももったいない大学にとってムダになっているかもしれない、
というようなことだ。(もちろん、本気でそう思っている
かどうかは別の話なのだ、ニャン吉。)
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2014年05月20日

見なかったことにして

バスを降りると盛んに雨が降っている。いらっとしながら
折りたたみの傘を開けようとすると、暗いバス停に若い女性がひとり
立っていた。傘をもっていないらしい。バス停からさほど遠くない
ところに住んでいる女性とわかる。顔を見たことがある。

傘に入れてあげようかと思うが、すぐに打ち消す。
相手が少年や男性であれば声をかけられただろうが、しょせん、
相手は決して声をかけることのできない存在なのだ。かければ
相手にも迷惑だろうし、こちらにもどんな災いがふりかかるかしれない。
そんな小さなこともできないとは。なにも見なかったことにして、
ひとり傘をさして家路を急ぐ。男と女、つまらぬものだ。
posted by pilz at 23:18| 京都 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

プラス2点

たくさん書きたいことがあるのだけど、大方、いまは断念しておく。
いつか、大路小路ではない場所で、そっと書くのだ。

今日は出張の帰りに爆睡してしまって、はっと気づいたら、
乗り換え駅っぽい駅で、あわてて降りたら、乗り換え駅ではなく、
三重県と奈良県の県境近くの知らないような駅だった‥‥という失敗。
というわけで、特急券はムダになったのだった。

あ〜あと思いながら、ほそぼそと大和西大寺駅に着いたら、ホームの
向こうの方からNN(一人です、念のため)が歩いてきましたな。

「仕事帰り?」と聞いたら、「あっちの方から電車が出るのです」
みたいな、わかるようなわからんようなことを言っておった。
特急券はムダになったけど、意外なところでNNに会えたので、
総計、プラス2点。
posted by pilz at 21:55| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

才能

ときどき、とある人の文章を、えぇ文章書きはるなぁと思って、
それこそ時間を忘れて、うっとり読んでいることがある。
ときには、魂を震わせるような言葉に出会ってしまって、
胸が熱くなることもある。油断していると、うっかり
涙腺がゆるんでしまうことさえ、ある。

なになに?誰の文章かって、当然、
わたくしの文章なのである。

以前、明石家さんまが、出演した番組のVTRを見て爆笑している
という話を聞いて、変わった人だなぁと思った記憶があるけど、
自画自賛は大切なことなのだ。口先だけで他人をほめるのは簡単でも、
心底自分をほめるのはむずかしい。そういう意味では、ぼくには
“自分をほめる才能” 、自我自賛の才能が備わっているのだ。
なんとめでたいことか。
posted by pilz at 22:07| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

豊後きのこカレー

ippin06.jpg
この時期になっても、目がかゆくて、くしゃみばかりしているのですが、
これは花粉症なのでしょうか、どうなのでしょうか。どなたか、
花粉症のスペシャリストの方は、読者におられないでしょうか。

さて、今日の逸品です。「豊後きのこカレー」です。
写真がいま三つぐらいです、すいません。学生からの貢ぎ物です。
つねひごろお世話になっている先生に、なにか返せないようなら、
心苦しくて、仕方ないのでしょう。ちがいますか?はぁそうですか。

ともかく、前回もらって、「うみゃ〜うみゃ〜」と言ったおいたら、
改めてもってきてくれました。これといっしょに、
「いりこクッキー」だったか、いりこの入った歯ごたえのよい
食べ物をもらったのですが、ぜんぶ食べてしまったので、
写真はないのであります。

学生に、「大分ではクッキーにいりこが入っているの?」と聞いたら、
「このお菓子は大分では常識です」、みたいなことを言っておった。
世の中には、まだぼくの知らんことがよぉけぇあるのだ。

仕事をしながら、ボリボリボリボリ言わせながら食べていたら、
横で仕事をしているGB長(もっとわかりやすく書け)が「先生、
それ、美味しそうですね」と、その小気味よい音をほめておった。
ひょっとすると叱られたのかもしれん、ごめん、
仕事中にボリボリボリボリして‥‥

はいはい、話がそれました。豊後きのこカレーでした。
ここには「若芽どんこ」が入っておるのです。「どんこ」というのは、
しいたけの種類ですな。成長すると笠にひび割れが入る高級な
しいたけです。それの小さいのがカレーに入っているのですね。

カレーにその地方の○○が入っているパターンのものは、
カレー自体は美味しくないこともあるのですが、これはカレー自体も
とっても美味しいのです。キノコだけでも高ポイントなのに、
カレーまでよろしいということで、晴れて逸品認定となりました。
posted by pilz at 23:02| 京都 ☀| Comment(0) | キノコ的逸品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

縁側

実家には日のよく当たる縁側があって、天気のよい日には祖母がそこで
針仕事をしていたものです。たいてい白い猫もいっしょにいて、
仰向けになってだらしなく伸びていた。祖母はときどき糸の先を少し舐めて、
細い針穴に通します。針穴に通せないときはぼくに頼む。
ぼくはそれを待っていた。

小刻みに交互に動かされた右手と左手が、端切れの布と布とを
器用に縫い合わせてゆきます。差し込む光に、解(ほつ)れた布の
繊維一本一本が照らし出されていました。暖かかった。
祖母が片眼しか見えていないと聞いたのは、ずっと後のことでした。

じっと見つめているぼくを気にするそぶりもなく、祖母はもくもくと、
家族の布団やら服やらを作り上げていきました。ぼくは祖母の針仕事を
見るのが好きだった。そこでぼくは多くを学んだのだ、といつか言ってみたい。
posted by pilz at 07:01| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

今日は

飲んでおりましたのじゃ。なになに?誰と飲んでいたかって?そんなこと、口が裂けても言えるもんですか。ただし、それなりに包んでもらえるものがあるなら、相談に乗らないわけでもないのです。楽しく飲みました。
posted by pilz at 22:58| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

長押し

なんかいカチカチしても百円ライターの火がつかない。
液状のガスは残っているものだから、壊れているとばかり思って、
「所詮100円の代物とはこんなものだ」とか、「製造地が悪いのだろう、
いったいどこで製造されたのか」などと好き放題いっていた。

それが今日、ひょんなことから火がついた。どうしてだろう?
と考えはじめたら理由は簡単で、ぼくは火花を出す部分だけを懸命に
動かしてカチカチやっていたのだが、ガスが出る部分を長押しせずに、
さっさと手を離してしまっていたために火がつかなかったのだ。

われながらバカだなと思ったし、自分は一事が万事こんな調子なんじゃ
ないかなと反省もしたけど、それにしても、「長押し」というのは、
ぼくには意外にむずかしい。瞬時に押すことには慣れていても、
じわっと長く押すという発想が弱いのだろう。
posted by pilz at 22:59| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

さらさらとなにかが落ちて‥‥

知らぬうちに窮地に陥っていた。まったく気づかなかった。
どれぐらいの窮地かと言えば、第一級の窮地。
しばらく寝ることを諦めればなんとかなるかもしれないが、
そんなことをしたら、すぐさま風邪をひいて、
もっと窮地に陥るから、ぐっすり寝るのだ。

こういう諦めは若いころには認められなかったから、
歳をとって成長したのか、どうなのか。

先週で、なにか心の整理がついたような気がする。
posted by pilz at 23:06| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

自己PR

今日は高校で出張授業。高校で小論文講座をするのは当たり前に
なったけど、自己推薦書講座をするのははじめてだった。
授業のペース配分をまちがえたアホ講師 (ぼく) に怒りの声を
上げるでもなく、懸命に自己PRを書く生徒たちを見ながら、ぼくが
彼らぐらいの歳のころに自己PRなんか書けただろうかと考えていた。

いや、彼らぐらいの歳のころどころか、
いま書けと言われても、きっと書けないにちがいない。
「自分好みにアナゴをさばけることには自信があります。」
「キノコの分類にかけては人後に落ちません。」
「淡水魚の知識であれば、近畿大会でベスト8ぐらいまでは行けるでしょう。」
おのれ、社会性のかけらもないではないではないか‥‥
posted by pilz at 21:56| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

NHK「東海村臨界事故」取材班編『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』

品切れだと思っていたら、増刷されていた。「好きな本」として
紹介するが、この内容を好ましく思う人はいないだろう。
どうしてここで触れるかというと、ひとつの事実を伝えるものだから。

ものごとにはたいてい、べつの可能性があるものだが、
この本のなかには別の可能性が、別の選択肢がみえない。
まるで医療班の努力などないものであるかのごとくに、命が、
一直線に、着々と「朽ちていく」プロセスを追い続けねばならない。

「被曝治療は、近い将来、
勝つ見込みのある闘いだとは思えなくなった。」

どんでん返しの可能性のなかったこと、救いの可能性がなかったこと、
そういう事実を描いたドキュメント。
posted by pilz at 14:42| 京都 | Comment(0) | 好きな本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

「意味をもつ」ということ。

小学校のころ寝ていた部屋の上の四隅には釘が打ち付けてあった。
それは茶色くさびていて、ほこりがたまっていた。無造作な打ち付け方から、
部屋にはもともとそのような釘はなく、あとから誰かがなにかのために取り付けた
であろうことはわかった。でも、あれこれ考えて、なんのためなのかは
わからないまま、いつも知らぬうちに夢の世界に入ってしまうのだった。

ちょっと暑くなってきた。夏になると、ときどきカルピスを飲みたくなる。
できるだけ長細くて透明のグラスに原液と水、そして氷を入れる。
氷の入ったカルピスをマドラーでかき混ぜる。氷がグラスに当たって、
カラカラと乾いたような澄んだ音を出す。ぼくにとってはこの音が
カルピスの味の一部であり、夏の音なのだ。

カラカラという音に耳を澄ましていたら、長く忘れたままでいた、
小学校のころよりもっともっと前の光景が不意によみがえってきた。
部屋には黒いベールがかかっていて、夏用のシーツがひいてある。
黒いベールは蚊帳(かや)なのであった。その一番奥がぼくの場所だった。
母がいて、父がいて、蚊帳のなかには言いようのない安心感があった。
思い起こせば、蚊帳の四隅はたしかに四つの釘で留められていた。

ひとつの全体のなかに誰も交代できない自分の位置を見つけたとき、
そのとき、ぼくらは自分の行動の全体に「甲斐がある」と感じ、
「意味をもっている」と感じるのだ。自分を認めることができるのだ。
これについては、また、もう少し詳しく個研で話すけど、
きっと大切なことだよ。
posted by pilz at 17:23| 京都 ☀| Comment(0) | 若いひとたちに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月09日

血が赤いということ。

朝、寝ぼけまなこで顔を洗う。拭いたタオルが真っ赤に染まっていて、
一瞬、何が起きたのかと目が覚める。ひさびさの鼻血だった。
ちょっと新鮮でよろしい。花粉症で夕べ勢いよく鼻をかんでいたのが
悪かったらしい。あまりに久しぶりの鼻血なので、誇らしくなって、
鼻にティッシュペーパーを詰めたまま家を出ようと思うが、
世間体を気にしてやめる。

それにしても、鼻血が真っ赤でよかった。
まったく痛みがなかったものだから、赤くなくて透明だったりしたら、
花粉症の鼻水と間違えて、いつまでもかみ続けるところだった。
もし血が透明だったりしたら、困ることが多いだろうな。
信号も赤にはならなかっただろうし‥‥。というか、
人間はとっくの昔に滅んでいただろう。
posted by pilz at 22:00| 京都 | Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

「がんばれたらいいな。」

町内の冊子に「努力は必ず報われる」と書いてある。
なるほどそうであればいいなと思うが、次の瞬間、それでは困る、
とも思う自分もいる。「これぞ努力です」と言える努力など、
した記憶がないからだ。努力したひとだけ報われるのであれば、
自分は蚊帳の外になってしまうので、複雑なことになる。

以前、ある院生が「がんばれたらいいな」と盛んに言っていて、
変なこと言うなと思ったことがあったが、実際、院生が言うとおりで、
頑張ったことが結果と結びつくかどうかという以前に、
そもそも頑張れるかどうかわからないのである。

どのくらいになったら「がんばれた」ということになるのか、
よぉわからへんねんけどな、ニャン吉よ。
posted by pilz at 22:00| 京都 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

キノコグッズ以外でもお気軽に。

とあるフリーマーケットに行った。ものすごい盛況で、なかには
旅行会社のバッチをつけた人たちまでいる。大人気で、
京都観光のコースにまでなっているのだ。パンやら和菓子やらが
飛ぶように売れている。そんなに美味しそうにも思えんけどな。

手作り品が多いということで、見たこともないような品物が並んでいて、
おもしろい。もちろん、手作り品を売ろうとする個性豊かな人たちを見るのは、
品物を見るのより興味深い。若い女性の売り手が多いが、
ひとりで歌を歌っていた女性なんか、見るからに個性的な人だった。

マーケットのそこここで、ぼくはドキッとすることになった。
あちこちで、これまでぼくがいろんな人からいただいたものを見る
ことになったからだ。そうか、ここで買ってきてくれたのか‥‥。
まさかここで、と思うような、数年前にもらったものを見つけたときなどは、
ドキッを通り越して、どこぞがキュンとしたものだ。
いかんと思いつつ、値札を見てしまった、こんな高いものを‥‥。

ドキッとしてキュンとして、ありがとうとつぶやきながらしみじみしている
おっさんとは対照的に、手作り品を買いあさるおばちゃんたちは元気一杯で
値引き交渉などをしている。なかには、知り合いへのプレゼントを買っている
人もいるのだろう。そうなのだ。贈り物を喜んで受け取ってくれる人がいるのは
とても嬉しいことで、幸せなことなのだ。

贈る喜びは贈る相手なしには成り立たない。その意味で、
ぼくはこれまで少なからぬ数の贈り手たちを幸せにしたはずなのだ、ふっ。
そう納得して会場を後にするぼくの心は爽快そのものであった、
と日記には書いておこう。
posted by pilz at 22:00| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

器(うつわ)

昨日は唐招提寺のことを書いたけど、とにかく仏像(菩薩とかね)が好きで、
よく寺巡りをする。その修行者としての姿、ひとつの目標に向けて
歩み続こうとするひたむきさ、そういうイメージが好きなのだ。
いまでも、京都の街中を駆け抜ける雲水の姿を見ると、
いいなぁと、いつまでもその後ろ姿を見ている。

そういうひたむきさにはひかれるのだけど、このところ思うのは、
その仏像が何百年、ときには千年を超えて、無数の人びとの願いを
容れてきたということ。名のある仏師が自分の仕事を
「(人々の願いを容れる)器をつくること」と言っていて、
なるほどcapacityなんだ、と思った。
posted by pilz at 15:00| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

入相の鐘

keika02.jpg
自分の存在感が希薄になることは離人感と言うが、
遠い昔に自分と同じような人間がいたことをリアルに感じられない
ことはなんと言うのだろうか。それは、当たり前だろうか。
古刹で何百年か前に描かれた僧の姿を見ながら考えていた。

以前、長く住んでいたところで縄文時代の住居跡が発掘された
ことがあったが、そのときも、ひょっとするとどこかで自分と
血の繋がった人のものかもしれないと思いつつ、そんな大昔に
自分と同じ人間がいたことをリアルには感じとることはできず、
ただぼんやりとして、気が遠くなるような感覚だけが残った。

夕暮れに鑑真の墓所に立った。瓊花(けいか)が一本、
墓石に枝垂れかかるようにして咲いている。
鑑真が遷化して1200年後に、国外持ち出しの禁を押して、
故郷の揚州から贈られたものだという。また気が遠くなって
立ちつくしていたら、ゴーンと入相の鐘が鳴った。
posted by pilz at 23:05| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

マルキ商店の冷しあめ

hiyashi.jpg
理由はよくわかりませんが、冷やし飴が好きで、夏など、
街角で売っているのを見かけると欲しくなります。

なんというのでしょうか、冷やし飴とかグリーンティーとかが
噴水式になって吹き出しているような販売器具がありますよね。
あれを見ると、ついつい買ってしまいます。冷やし飴よりも、
あの噴水式のなんちゃらが好きなのかしらん。

マルキ商店の冷やし飴はほぼ完璧な感じがしますが、じつは昔、
伏見の大手筋商店街(だったと思う)に、最高に美味しい
冷やし飴の素を売っている店があったのですが、
いまはもうないのでしょうね。昔話です。

暑い時期に、きんきんに冷やして召し上がれ。
posted by pilz at 22:36| 京都 ☁| Comment(0) | キノコ的逸品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

リアス式海岸

ときどき卒業生からブログを読みました、と言われることがある。
ぼくはこのブログを在学生のために書いているつもりはないし、
このブログを読んでいる学生はほとんどいないと思うが、
不思議と、卒業生たちがなにかを言ってくれることがある。
卒業して、大学とは似ても似つかぬ環境のなかに身を置けば、
不意に大学の匂いが懐かしくなるときもあるのだろう。

先日も言われた。「ブログを読みました。先生がお母さんとお祖母さん
について書かれた文章が好きです」。祖母についてはいくつか書いているが、
母についてはごくまれにしか書いたことがない。たくさんある記事を
よほど遡って探し出してくれたのだろうと思った。そして、
なぜ母と祖母について書いた記事がいいと思ったのか、気になった。

考えてみて、そのような記事のなかには、いつもの入り組んだ
リアス式海岸のようなぼくがいないからなのだろうと思った。
普段着の自分の不誠実さには自信がある。だから、
たいてい誰の前でも上手にウソをつくことができるが、
祖母と母の前ではつけない。
posted by pilz at 23:16| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

今日は

もう寝るのですじゃ。
posted by pilz at 23:13| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする