2014年05月05日

入相の鐘

keika02.jpg
自分の存在感が希薄になることは離人感と言うが、
遠い昔に自分と同じような人間がいたことをリアルに感じられない
ことはなんと言うのだろうか。それは、当たり前だろうか。
古刹で何百年か前に描かれた僧の姿を見ながら考えていた。

以前、長く住んでいたところで縄文時代の住居跡が発掘された
ことがあったが、そのときも、ひょっとするとどこかで自分と
血の繋がった人のものかもしれないと思いつつ、そんな大昔に
自分と同じ人間がいたことをリアルには感じとることはできず、
ただぼんやりとして、気が遠くなるような感覚だけが残った。

夕暮れに鑑真の墓所に立った。瓊花(けいか)が一本、
墓石に枝垂れかかるようにして咲いている。
鑑真が遷化して1200年後に、国外持ち出しの禁を押して、
故郷の揚州から贈られたものだという。また気が遠くなって
立ちつくしていたら、ゴーンと入相の鐘が鳴った。


posted by pilz at 23:05| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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