2014年11月30日

山田晶『アウグスティヌス講話』

山田晶先生の『アウグスティヌス講話』(講談社学術文庫)です。
もともとは別の出版社から出されていましたが、この文庫に再録されました。
著者が京都の北白川教会で一般の方に向けて話したものとあって、
大変読みやすい内容となっています。

もちろん読みやすいだけであれば紹介する必要はないのですが、
とんでもないモンスター、すいません、天上の神のような碩学(せきがく)が、
人間の姿をまとってわれわれ一般人の目線にまでおりてきて下さると、
こんなおそるべき一言一句ができあがる、というサンプルです。

山田先生については、CKPせんせの報告が貴重なので、ご参考までに。
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2014年11月29日

「大谷文藝コンテスト」

IMG_1496.jpg
ブログのスキンを変えた。トップに画像を入れるようにしてみたが、
これでいいのかどうか。写真を入れない方が記事が生きるような気もする。
といっても、そんな大した記事は書いておらず、どこにも残らない記事を、
ただ書き流しているだけなのだけど。いずれにせよ、あんまり
ネガティブでないものにしないといけないな、とは思っておるのです。

スキンを変更したのはパソコン用のものだけだから、
スマホとかでみているひとには関係ございません。
トップ画像を毎日変えて、「今日のほだ木(菌の入った木ね)」とか
「今日のO部長」とかしようかと思ったけど、やめておきます。
ときどき、時間限定で遊び心が入るかもしれないので、
おひまのあるひとはチェックしておいてください。

高大連携の取り組みとして「大谷文藝コンテスト」の予告がなされていました。
(バナーを使ってしまったよ、あかんかった?)
昨年度はエッセイ部門だけでしたが、今年度からは小説部門が増えるのです。
HPのページには「エッセイの書き方講座」の動画も掲載されているので、
参考にしてください。高校生の文章に出会えることを、いや、それ以上に、
文章のなかに現れるひとりの人間に出会えることを楽しみにしています。

2014年度 大谷大学 文藝コンテスト
2014年度 大谷大学 文藝コンテスト詳細ページ
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2014年11月28日

欠礼

今日は仕事が休みで、お彼岸に行けなかった墓参りにようやく行った‥‥
と言いたかったのだが、4つに墓のうち2つにしか行けなかった。
残り2つのうちの1つは、おおげさに言えば人類で参るのはぼくだけで、
ぼくが参らなければ無縁墓になってしまう。「無縁」なんて絶望的な言葉
は使いたくないので、なんとかして次の機会をつくることにしたい。

でもこう考えながらいつも思うのだけど、そう言っている自分自身、
おそらくもう30年もしないうちに“無縁さん”になってしまうのだろう。
そしてこうも思う。ぼくは自分が無縁になることの寂寞をなんとかしたくて、
無縁仏になりそうな先祖の墓に参っているのかもしれない、と。

みなさま、年始の挨拶は失礼させていただきます。
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2014年11月27日

第二代「魁・センター長ボックス」

astronomie.jpg
にございます。本ではございません、ボックスです。以後、お見知りおきを。
初代は調定式の際にわたくしが使用いたしますキノコペンを入れるのに
やや難があったことから、第二代にバトンタッチしたというわけです。

第二代の名は「Astronomie」と申します。“Astronomie” は
英語の“astronomy” に相当するフランス語(ドイツ後も同形)で、
「星の法則」を明らかにするもの、つまり天文学の意味なのですよ。

「魁」(さきがけ)は「北斗七星の第一星」の意味ですから
よくマッチした名称です。高校生のみなさんはご存知ないかもしれませんが、
実際、ぼくは星の王子さまみたいな存在ですから、その意味でも
よく実態に即していると言えましょう。
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2014年11月26日

無題

papa07.jpg
冷静さというのとはちがうが、もう少し粘り強く言葉を選ぶことができなかったのかと反省する。
ただ、それをしようとしたら会議は5時間になっただろうから、むずかしいところではある。
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2014年11月25日

「赤い靴」

以前、「どんぐりころころ」の歌詞をまちがえていて、
「どんぶりこ」なのに「どんぐりこ」と覚えていたという話をしたような、
しなかったような気がします。ほかにもぼくは童謡でいろいろまちがえていて、
「赤とんぼ」では「負われてみたのは」を「壊れてみたのは」と覚えていました。
なんとも悲惨な歌詞だなぁと思っていたのですが、やはりまちがいでした。

野口雨情が作詞した童謡には「赤い靴」というのがありますね。
「赤い靴はいてた女の子」ではじまる童謡です。これもまちがえてました。
「異人さんにつれられて」というのを「ひいじいさんにつれられて」
と覚えていたのです。「行っちゃった」となっていますから、
極悪なひいじいさんだったのだろうな、と思っていました。

以前、村上春樹はこの歌詞の覚え間違いについてアンケートをとっていて、
答えには「知事さん」「にんじんさん」「いい爺さん」とかがあって、
きわめつけは、「イージーさにつれられて」というものでした。
最後のなんかはありえないと思っていたのですが、とある高校で聞いてみたら
「Easyさん」と「EZさん」というのがあって、びっくりしたものです。
「Easyさん」というのは聞いて思わず鼻が出ましたが、後者なんかは、
「B'z」の影響なのかもしれませんね。ちがいますか、はぁそうですか。

ふだん学校では正確にものを覚えることが求められるわけですが、
ときには、どういうふうに覚えまちがえるかというまちがえかたについて
いろいろ考えても、得るものがあるのかもしれません。
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2014年11月24日

エゴの木とヤマガラ

yamagara.jpg
昨日の記事でエゴの木のことを書いたので、写真を。
庭のエゴの実を食べに来るヤマガラの写真です。

エゴの果皮はサポニンを含んでいて有毒ですから、
(「エゴ」は、サポニンを含んだ実の「えごさ」「えぐさ」に由来する)
ヤマガラは果皮をはぎとって種子を出し、種子を脚と脚のあいだに挟み、
巧みに割って中身を食べます。エゴの木は果皮に有毒成分をはりめぐらせて
種子が食べられることを防ごうとしているわけですが、
ヤマガラはそれをしのぐ頭脳をもつのですね。

写真のヤマガラ君がとまっている木のとなりにエゴの木が植わっていて、
そこからもぎとった実を、いつもこの枝にとまってつっついています。
毎朝毎朝やってきて、何粒かずつ食べて‥‥そうした行動は
エゴの木から実がすっかりなくなるまで続きます。

ヤマガラというのは頭がよくて、また人なつっこい鳥で、
ぼくがバズーカ砲のような望遠レンズで写真を撮っていても
いっこうに気にせず、逃げようとしません。
まぁ、単に “よくどおしい” だけなのかもしれないけど。

庭にはいくつかの木を植えているのですが、エゴの木は
なぜそれを植えたのか、じぶんでもよくわからないでいました。
ぼくはなにかをするときひとつだけの理由ではしないから、
花が美しいだけでなくほかに理由があるはずだと思っていたのです。
昨日の記事で、ようやくその疑問が溶けたのでした。
そういうわけで、ぼくは昨日のぼくにありがとうと言う。
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2014年11月23日

「シャボン玉」

植物園に行ったら、シャボン玉が禁止になっていた。
広い芝生のうえに座って、シャボン玉をつくって飛ばしたい子ども
もいるにちがいないが、いろいろ事情もあるのだろう。

シャボン玉とは、なかなかうまくいかないものだ。
できるだけ大きくふくらませたいのだけど、むずかしい。
なるべく長く割れないように飛ばそうとするのだけど、
すぐに割れてしまう。幼いころ、ムクロジやエゴの木の実が
サポニンを含むと聞いて、それで強力なしゃぼん玉がつくれないかと
ムクロジやエゴの木を探して、方々を歩いたことがある。
近所にはムクロジもエゴも植わっていなかった。

あいらしいシャボン玉は、はじけて消えるものなのだ。
ぼくのなかでは、シャボン玉のあいらしさには「パチン」と、
あたかも音を立てるかのようにはじけることも含まれている。
野口雨情の「シャボン玉」ははかなく死んでしまった子ども
への思いを込めて書かれたという。

あるとき、割れにくいシャボン玉のつくり方を知らされて、
ひとがなかに入れるようなシャボン玉がつくられているのをみたとき、
子どもごころに、シャボン玉への思いが薄れたことを覚えている。
posted by pilz at 08:56| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

入賞者の面々

bungei01.jpg
今日は文芸奨励賞の表彰式もありまして、
こやつらがゼミからの入賞者たちです。
上段2年生、中段3年生、下段4年生です。
さすがに、4年生ぐらいになると勝手にちょけます。
*「ちょける」:関西弁で「ふざける、おちゃらける」の意味。
posted by pilz at 15:41| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

今日は

2年生ゼミでフィールドワーク。植物園に行って、「美しいもの」をスマホで撮ってもらって、来週それを使ってプレゼンをしてもらう。そして合評して、順位を決めるのだ。

教室を出ると、いつもは気づかない学生の性質が見えて興味深い。ベンチに座るときの位置どり、写真の撮り方。きっと迷子が出るに違いないと予想していたら、やはり出た。そもそも待ち合わせ場所を間違えてしまって植物園に到着するかどうかも怪しいのがいると思っていたら、これもその通りだった。
posted by pilz at 20:50| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月20日

無題

mayu.jpg
特に意味はなく、わかるひとにしかわからないもの。
ヒント:タコではない。
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2014年11月19日

今日は

特になにがあったということではありません。昨日、空を見上げたら、オリオン座がきれいに見えて、あぁ冬に向かっているのだと思ったことです。
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2014年11月18日

雨情

野口雨情の新しい詩が発見されたらしい。雨情といえば「七つの子」を思い出す。
誰しも不吉さと結びつけたくなるカラスの声を聞いて、子どもを「かわい」と言う
親心ととった情の深さに、ぼくもまた、幼いころになんどとなくお世話になった。

秋、日が傾くまで遊んでしまい、不安な気持ちで田んぼのあぜ道を歩く子どもたちに、
「心配ないよ」と家路に向けてそっと背中を押してくれたひとりは、
雨情でもあったように思う。
posted by pilz at 08:21| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

披露

ここに写真を載せると読者のみなさんはその意味を考えるようで、
東華菜館の写真を載せたときは学生からその意味を何度か尋ねられた。
が、ぼくもようわからんかったので「なんでやろ」みたなことを言っておいた。

二次元氏はこの写真の意味だけはわからなかったと言っていた。
これにははっきりとした意味があって、なにごとであれ、
二次元氏にまじめに対応すると「いいですねセンター長、それ、
とりあえず800字ぐらいにまとめてみて‥‥」みたいな感じで仕事を追加されると
かなわんと思った(ちなみに、このごろは二次元氏の嫁さんからも
仕事のオファーが来る、恐ろしいことだ)が、かといって、
ぼくから誠実さと上品さを取り去ったらなにも残らないので、
やさしく説明しておいた。

で、なんでこんなにみんな意味を考えるのかといえば、
ぼくがふだんなにを考えているのか得体が知れないからに決まっている。
わからんと困るだろうなぁと思うから、ここでちょっとぐらいは披露して、
仕事がしやすいようにしてもらおう、と思っている。
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2014年11月16日

感謝

kiku.jpg

「私の眼のなかで、私の心のなかで、彼の人格は偉大である。
彼の名は決して多くの人に知られていないにしても。」
(魯迅「藤野先生」)
posted by pilz at 22:47| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月15日

幕の内男

今日の通勤電車はおかしくてしかたなかった。前の座席に幕の内弁当をじつに
幸せそうにバクバク食べている青年がいて、それだけでも十分におかしかった
のだけども、その隣に座ったおばちゃんが恐ろしげな顔で10秒おきぐらいに
その青年をにらみつけていて、いかにも度し難い(救いがたい)といった表情で
首を横に振っていたからだ。おばちゃんの “サイン” に永遠に気づきそうもない
脳天気な青年と、怒りにうち震えた般若のような表情のおばちゃんとの、
あまりの落差に笑えてしかたなかったのだ。

ぼくが隣にいたとしても、般若の面にはならないけど、青年にはそれなりの
違和感をもっただろう。玉子焼きを膝の上にコロコロされてもイヤだし、
マヨネーズをピュッピュッと飛ばされてもイヤだ。

でも、たぶんそれだけが理由じゃない。コロコロとかピュッピュッがなくても、
電車のなかで幕の内弁当を食べる人には違和感をもつと思うのだ。
隠そうとするわけでもなく、マナーでしばられるわけでもなく、
衆人環視のなかで欲望(食欲)丸出しのままでいられる “幕の内男” の
たくましさ(?)に、心のどこかでジェラシーを感じているのかもしれない。
世の中の倫理とかモラルとか言われていることのなかには、こういう種類の
ジェラシーがもとになっているものが混じっている気がする。
(この記事は意図的な重複投稿です。)
posted by pilz at 23:00| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

指定校制推薦入学

eringi.jpg
の日であります。なるほどエリンギさんの歯ごたえは魅力ですが、
なかなかどうして、天真爛漫な しめじ姉妹がいざ力を合わせると、
エリンギさんもたじたじとなったりします。
posted by pilz at 14:08| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月14日

かっぱえびせん

umineko.jpg
以前、フェリーで佐渡島に行ったときのこと。
フェリーの乗客たちがさかんにかっぱえびせんを買っている。
なにかと思えば、ウミネコたちにやって遊ぶためなのだ。
新潟へと向かう出船前のフェリーの周りにはウミネコたちが乱舞していて、
取り憑かれたように、えびせん争奪戦をしている。

ウミネコの群れのなかには、トビ(鳶)もたくさん混じっていた。
かっぱえびせんに夢中になって油断しているウミネコを狙っているのだ。
なんどもウミネコに襲いかかっていたが、ウミネコもさるもの、
そう簡単に捕まえられるわけでもないようだった。

船の甲板には船に居着いているハトもいて、
かっぱえびせんを投げようとしてミスったひとが甲板にこぼした
かっぱえびせんをつついていた。ウミネコやトビとはちがって、
こやつらが飛び上がることはあまりなく、終始、歩いていた。

やがてフェリーが佐渡島の港を離れはじめて、トビは港のなかだけで、
港を出ると追ってこなくなったが、ウミネコは外海に出ても
追いかけてきた。乗客がずっとえびせんを投げるものだから、
いつまでもついてくるのだ。といっても、佐渡島から新潟までは
数十qあるから、ずっとついてくることはできないだろうと
思っていたが、なんと何匹かは新潟港までついてきた。

ほかの乗客が、ウミネコはああやってかっぱえびせんが欲しいが
ために新潟港と佐渡島の間を往復しているのだ、と言っていた。
それを聞いて、ぼくはウミネコの執念に感動したのだった。
そして、ウミネコの生き方と、トビの生き方、居着きのハトの生き方、
どれがよいのかと思い、人目もはばからず滂沱(ぼうだ)の
涙を流したのだった(ウソをつくな)。
posted by pilz at 22:00| 京都 ☀| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月13日

無題

denkyu.jpg
ありがとうございました。
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2014年11月12日

文芸奨励賞 入選者発表

毎年のことでもう言うのもイヤなのですが、文芸奨励賞の入賞者が
発表されておりました。いちおう5人の入賞者を予定しておりましたが、
今年のゼミからの入賞者はぴったり5人でした。

まぁまぁ、及第点というところですね。とはいえ、実力的に言えば、
わたくしのゼミであれば、過半数をしめるぐらいの力量があるでしょうから、
来年は7人入賞を及第点の目安とすることにしましょう。

なになに?「入賞者を出すコツはなんですか」ですって?
もうイヤですよ、せんせい。そんな王道はありませんってば。こつこつと、
学生たちと植物園に行ったり、遠足に行ったり、コンパに行って
酒をがぶがぶ飲んだりすることです。(そんなこと、関係あるかっ!)

失礼をしました。冗談がすぎました。ほんとうのことを言うと、
ぼくは日頃、学生をほったらかしにしている不良教師なのです。
それでも、ひとつだけコツらしきものをご教授いたしましょう。
「ひねらず、まっすぐに書け!」という指示です。
posted by pilz at 18:25| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月11日

チロルチョコ

choco.jpg
スイーツ好きが課長になったからでしょうか、こんなものが配られておりました。
もう食べてしまいました。他のお菓子もありがとうございます。
posted by pilz at 16:40| 京都 ☀| Comment(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月10日

虫のこと

今日はなにもせずに家でだらだらしていた。
目覚まし時計をセットせずにいつまでも寝ていてやろうと思って
いたのだが、「体のあちこちが痛くて、これ以上もう寝ておれぬ」
と思ってがばっと起きたら、7時でしたな。

清水の舞台から飛び降りて、諭吉を投げて手に入れた
『忍風カムイ外伝』(実写版じゃない)を観ていたが、
一気には観切れず、眠くなって昼寝をしようと思って寝た。
が、なんや知らんが、「なんにもせんで寝ていていいのか」という
情念が押し寄せてきて、お腹のあたりがしくしくなって、
ゆっくり寝てはおられず、中途半端に起きてしまいましたな。

もっと悠然と構えることはできないのかなと思っても、
根っからのものがちくちく揺り動かして、それを許さないのである。

昔のひとはこういう、いかんともしがたい、どうにも解せない
根っからのものを「虫」と表現したのだろう。ただ、「虫」と表現すると
「理性とはべつのもの」に聞こえるかもしれないが、
ここで書いている「虫」には理性からのものも入っている。
posted by pilz at 22:00| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月09日

無題

touka.jpg
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2014年11月08日

そうかもしれない。

「なつかしい(懐かしい)」という言葉を長く間違えていました。
「なつかしい」は「心がひかれる」という意味なので、現在のことにも
使えるわけですが、過去のことにだけ使う言葉だと思っていたのです。
もちろん、「なつく」や「なつっこい」は現在のことにも使いますが、
「なつかしい」というかたちで現在のことに使うのは、いまではあまり
多くないのでしょう。こういう過去のことに向けての使い方が多くなるのは、
「なつく」が「馴れ付く」に由来することによるのかもしれません。

相手が人間と見れば誰彼なしに尻尾を振る、高度にひとなつっこいイヌなら
まだしも、ひとがなにかに「馴れ付く」ためには、すったもんだの時間経過が
条件となります。そうした時間のなかにはさまざまな思いが詰まっていて、
そうした過去の時間の重層のうえに、「馴れ付く」ということも起こったり、
起こらなかったりするのでしょう。

このごろ思うことがあります。ぼくがなつかしいと感じるのは、
こうした時間の重層が、なんとか隠そうとする努力にもかかわらず隠し切れずに、
音も立てずに漏れてくるようなひとのようなのです。ここには自分の層を
他人のものと同化しようとする危険な志向が働いているかのようです。
いちおう社会人なのですからこういう嗜好はなんとかせねばならないのでしょうが、
いかんともできず。まぁそれがばれてしまうようなドジは踏みませんが。
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2014年11月07日

南都北嶺

奈良で正倉院展が開催されている。毎年この時期だけど、
なんだかんだとあまり行くことがない。近すぎて、
いつでも行けるつもりでいるのがいけないのだ。
ぼくが住んでいるのは京都と奈良の境のような場所で、
窓からは奈良の若草山がよく見える。

毎朝、南都と境を接した山里を出て、電車に乗って、大学に向かう。
大学の正門は親鸞が修行した比叡山に向かって開かれている。
秋の近鉄京都線は奈良から京都に移動する旅行者でいっぱい。
ぼくはそんなひとたちを尻目に大学をめざす。
なんとぜいたくな通勤なのだろうと、ときどき思う。
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2014年11月06日

つづかない。

「明日は立冬」などと言っておる。
本当なのか嘘なのか、暦を覚えない自分にはわからない。
立冬とか冬至とかいうのがいつなのかはよくわからないし、
ときどき世の中が祭日だとか言っていても、それがなんの日なのか、
元旦とか大晦日とか子どもの日とかは知っていても、
それ以外のものは、ほとんどわからない。

なんでこんなことになるかというと、
ぼくは興味がないことは徹底的に覚えようとしないからだ。
というのも‥‥‥もっと書こうと思っていたのだが、
もう11時50分なので、今日はこれにて終了。
つづきはないのだ、うへへ。

そうそう、土曜日はホームカミングデー。
posted by pilz at 23:52| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

はい

いま店をでました。すいません、また今日も少しだけですが反省して、今後の行動に生かすべく努めます。ときどきひとに「彼は子どもだから」みたいな言い方をするのですが、自分の精神年齢は9歳ぐらいなのです。と言えば、9歳に失礼か。
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2014年11月04日

修羅場

明日は修羅場が生じるような気がしてならないから、
ぼくはもう沖縄ちびちび時間に入って、現実を忘れることにする。
ちなみに、この修羅場を生じるにいたった根本原因は、
ほかならぬこのわたしの無能にこそある。

どうでもいいけど、修羅場というのは、
正義の神である阿修羅と力の神である帝釈天との戦いの場のこと。
帝釈天は阿修羅を含む他の神々を統率する神だから、
なんど戦いを挑んでも阿修羅は格上の帝釈天に勝つことができない。
その、阿修羅が連戦連敗する場が修羅場の意味。

正義がつねに負けるとはすさまじいストーリーをインド人は考える
‥‥と思うこともできるが、「自らが正義である」と思い込むことの
エゴイズムの問題を告げようとしているのだろう。

ちなみに、その後、修羅場がどういう風に転じて
男女の痴情のもつれに使われるようになったのかは、知らない。
posted by pilz at 23:23| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月03日

廻り合わせ

不思議なもので、大の苦手で避けてきたことばかりすることになる。
明日も長そうなので、寝る前にちびちびと沖縄することにする。
「旅に病て夢ハ枯野をかけ廻る 翁」
posted by pilz at 23:51| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月02日

世俗化の最前線から

20141102110230.jpg公募制推薦入試が終了。今日も一日居眠ってばかりいた。哲学科の教員というのは楽なもので、世間の人々は「哲学者が居眠りをするはずがなく、眠っているように見えても、じっさいには世界の平和についてメディテーションしているのだ」ぐらいに思い込んでいるので、ぼくはその思い込みを利用して、ぐーすかぴーと眠る、もとい、世界の平和についてメディテーションするのである。

それで今日気づいたことがある。それは、居眠る時間がほんの3秒ほどでも夢を見るということだ。で、何度も何度もこっくりするものだから、普段よりも多い夢を見ることになる。といっても、おそらく眠っているときには無数のというか、べったり夢を見ているのだが、8時間眠る普段であれば覚醒という “切り口” が少ないから、わずかな数の夢しか表面に出てこないだけなのだろうけど。あ〜今日もよく学んだ。
posted by pilz at 22:57| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする