2015年02月14日

杉山登志郎『発達障害のいま』

ひとにはそれぞれ本の読み方があるだろう。
おもしろいと思ったページを折るひと、箇所に付箋を貼るひと。
線を引くひと、決してひかないひと。ぼくは線を引くタイプ。

ぼくは通勤時間が往復で3時間かかるタイプなので、
だいたい往復で新書が1冊読める。1冊の本を読み切るのに持続する
集中力というか、読みたいという欲望の持続時間は2日間ぐらいなので、
1日目の往復で鉛筆で薄く線を引き、2日目の2回目の通読の際に、
薄く引いた部分でなお大切だと思える箇所があれば線を濃く太くする。
もし大切でない箇所に線を引いていたら消しゴムで消してしまう。
こうして読めば、大方のことは理解できる。

この2回の通読でしばらくその本は脇に置くが、必要な箇所を
みたい場合には、薄い線の箇所と濃い箇所をみればよいわけで、
10分もかからずに大切な部分を総覧することができる。

ただ、ときどき、あまりにも勉強になる本に出会うと、
1回目の通読のときには線が引けないことがある。
線を引く場所が多くなりすぎてしまうからだ。こういうときには
1回目に線を引くのは断念して、2回目に引く。

杉山登志郎氏の著作については『発達障害の子どもたち』で多くを学び、
もうそんなに目新しいことはないだろうと思っていたのだけど、
これを読んでまた勉強になった。EMDRにはもちろんびっくり仰天するが、
個人的には、「虐待的絆」(歪んだ愛着)について以前からわからずに
悶々としていたことについて、示唆を得たような気がする。

杉山氏の著書を読んでいて感じるのは圧倒的な臨床体験からくる
必要が氏の研究を促しているのだろうということ。ただし、
氏のかかわることが精神医学だから特別にそうだというのではなく、
どのような学問も、いまこの目の前にあること、いまここにいる自分に
とって切実な問題を解くためにあると思う。たとえ宇宙の彼方にある
もののことであっても、一度も会ったことのない存在のことであっても、
この自分にとっての切実な問題となることがあるのだ。
posted by pilz at 12:57| 京都 ☁| Comment(0) | 好きな本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする