2015年02月01日

揺さぶり動かす喜び

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こういうことを言うと多方面からお叱りを受けるのを百も承知で書けば、ほんらい、多くの学校は「わかるようになった」という喜び自体を第一に求めていて、それが結果としてどうなるかは二の次にするところなのだと思っている。

ぼくの母はあまりにも貧しくて小学校もほとんど行けなかったひとで、漢字どころか平仮名もまともに書けず、ましてやアルファベットなど読めなかったから、働いていてもことあるごとにバカにされていたらしい。よほど悔しかったのだろう。仕事から帰ってきて、夜半、泣きながら、台所にあったテーブルの上で文字の練習をしていたことを覚えている。

あるとき、ぼくが学校でならってきた文字を教えて、それが自分でも読めたとき、えもいわれぬうれしそうな顔をしたことがあった。わかったときのその嬉しそうな表情を、ぼくは忘れることができない。

大学というと、最高学府で、例えば専門学校とは違うということが言われたりする。そういう言葉はえてしてあぐらをかいた大学人の口実である場合が多いのだけど、最初に書いたように、多くの大学とは、とにかくなによりもさきに「わかるようになった」「自分でできるようになった」「おもしろい」という喜びを求め、それにまず専従するという意味での専門学校なのではないかと思っている。

「わかるようになった」でどうなる、「自分でできるようになった」でそのさきはどうなるのだ――そう言うひともいるかもしれない。それはそのとおりなのだが、ぼくに言わせればこの喜びはとても根源的で、なにかを揺さぶり動かすタイプの喜びなのだ。この喜びが沁みれば、あとは自分でも喜びを求めて、べつの新しい問題を立て、工夫しながらそれを解き、わかった喜びを知ってもらいたいがためにそれを自分以外のひとに知らせる――という一連の動きは出てくる。逆に言えば、この喜びを知らなければ、なにもはじまらないのだ。

いまでも実家の台所には粗末なテーブルが置いてあって、表面には母が練習していた文字のあとが窪んで残っている。めったに帰らなくなった実家だが、たまに帰ると、その窪みを手でなぞりながら思う。ぼくが大学院に行って、大学の先生になったのだよと言ったら、どんなに母は驚くだろうかと。大学院と言っても、意味がわからないだろうけど。
posted by pilz at 23:02| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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