2015年03月15日

返答

残りがわずかになってきましたので、中高生からの問いかけに
ここでひとつひとつ答えることはもうできないと思います。なので、
寄せられるメールのうちで、けっこう多いパターンのものを貼っておきます。
あなたが寄せてくれたメールについて、私の考え方を書きたいと思います。

>私は、自分の存在価値とは何か?
なぜ苦しくても生きていかなければいけないのか?を勉強したいのです。

「なぜ苦しくても生きていかなければいけないのか?」と問われれば、
今は、「苦しくてもぜったい死んではいけない、とまでは言えない。
しかし、できれは生きていて欲しい」と答えるでしょう。

「では、なぜ生きていて欲しいと願うのか?」と問われれば、
「あなたの姿形や考え方は私に似ているから」と答えるでしょう。

「では、なぜ私に似ていれば生きていて欲しいのか?」と問われれば、
「私が生きていたいから」と答えるでしょう。

「なぜあなたは生きていたいのか?」と問われれば、
「私は私が大切であることを知っているから」と答えるでしょう。

「しかし、自分はあなた(pilz)のように生きていたいとは思わない。
私は自分が大切だとは思わないし、生きていかねばならない理由がわからない」
と言われれば、最初の答えに戻るか、沈黙せざるをえないでしょう。

と、私の答えは現時点でも答えになっていないのですが、
ここで、ふたつのことが言えると思います。

まずひとつは、美しい答えを出すことが哲学ではなくて、
自前の問いについて考え続けることが哲学であるということ。
そういう意味では、すでにあなたは立派に哲学をしています。

もうひとつは、自分や他人を大切に思うことは、
人との関係のなかからしか生まれてこない、ということです。
けっきょく自画自賛のようになってしまって心苦しいのですが、
自分の言葉に耳を傾けてくれる人がいるというのは、
そうした関係のひとつなのだろうとぼくは思っているのです。
(「中高生からの問いに」vol.10)
posted by pilz at 22:14| 京都 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする